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リハビリの世界の話を患者さんやそのご家族、またこれからリハビリに興味を持ちたいかたなど、リハビリの専門家ではないかたにも読んでいただけるようわかりやすいことばでブログにしてみました。趣味の話も少々。                    (旧タイトル・理学療法士板東蓮三郎の視点論点)

ドクトルジバゴの「ララのテーマ」から

前回の続き

 老人ホームの入所者から「ドクトルジバゴの『ララのテーマ』を聞かせてほしい。」というリクエストをもらった段階でわたしは「ドクトルジバゴ」の映画を見たことがありませんでした。
 「ララのテーマ」から感じたイメージは、「ドクトルジバゴ」というお話は、地中海のような所でヨットにでも乗って暖かな日差しを浴びているような感じかな、と思っていました。
 そのような想像をした後で、最近、宝塚歌劇団が「ドクトルジバゴ」を上演したときの映像をCS放送の宝塚専門チャンネルで視聴できる機会があり観てみました。
 メロディーから想像した上記のイメージは大きな間違いで、ロシアを舞台にした男女の難しい関係のお話でした。(宝塚での上演では映画の「ララのテーマ」の音楽は出てきません。)

 それまで「ドクトルジバゴ」というお話には特に興味はなく、「『ララのテーマ』を聞かせてほしい。」と言われなければ、映像を観ようという気持ちにもならなかったはずなのですが、そのような縁があってみることになりました。

 私の仕事のリハビリに、私の好きなクラリネット宝塚という要素が加わって、また一つ私の知識が増えました
 そのように枝葉が広がっていくことは大きな喜びです。
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演奏への拍手

 昨日1月17日は阪神大震災から24年目となる日でした。
 昨日の朝日新聞に、震災当時高校生で今は神戸の楽団等でフルート奏者として活躍している女性の話が載っていました。
 音楽で身を立てたいという希望に反対する父親と喧嘩ばかりしていたが、その父親を震災で亡くした後、父親が娘の音大進学のためにいろいろな人に相談していたことを知り、父親の応援を知ったという話でした。
 この女性は父親の応援に力を受け、父親を失った逆境に打ち勝ってプロのフルート奏者になられたのでした。

 私も中学時代に、クラリネットでプロになる夢を親に反対された経験があり、上記の記事の当事者の気持ちはよくわかりました。
 私の場合は自分の出すクラリネットの音が好きになれなくなってしまった時期があり、思い描いた夢に疑問を感じ、自ら夢をあきらめてしまいました。しかしその後いろいろな工夫をして再びクラリネットに対する気持ちが蘇り、ずっとクラリネットと関わり続けています。
 音楽の道には進まずいろいろと寄り道をした挙げ句、縁あってリハビリの世界に入り理学療法士として生きてきましたが、その間もクラリネットから大きく恩恵を被っています。

 老人ホームではときどきお年寄りの前で演奏を聞いてもらっています。
 ふだんは童謡や歌謡曲、クリスマスのようなイベントシーズンにはそのシーズンに合った曲を吹いたりします。

 お一人の女性入居者から「ドクトルジバゴの『ララのテーマ』を」というリクエストがありました。
 すぐには吹けない曲だったのでネットの動画で音楽を探し、それを譜面におこす採譜をして練習しました。採譜も演奏もなかなか歯ごたえのある難曲でした。
 彼女の前で吹いてあげるとたいへん喜んでくださったのですが、手が思うように動かない彼女はその喜びを「パチパチパチパチ」とことばで拍手を表現して表してくれました。
 そのように喜んでいただけたことに演奏した私のほうが感動させられました。

 このような場面が今までにもいくつかありました。
 リクエストした「月の砂漠」に涙を流して聞いてくれたおじいちゃんもいました。
 あのまま順調に音楽の道に進むことができプロの演奏家になることができて、ホールいっぱいの聴衆から拍手を受けることができたとしても、たった一人の聴衆に私の目の前でこのように喜んでもらえたことのほうが私の喜びは大きかったと確信しています。
 音楽の道で成功した人から見れば私のこのような喜びかたは負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、今はプロの演奏家にならずにこのような形で楽器を続けてきて本当によかったと心から思います

 昨日1月17日は「ララのテーマ」の彼女のお別れ会(お葬式)でした。お棺の前で「ララのテーマ」を吹いてあげました。

保存療法

 老人ホームで70歳代後半の男性入居者(利用者)についてのスタッフ間でのカンファレンス(症例会議)がもたれました。
 老人ホーム内で転倒して左の大腿骨頸部骨折を起こし、病院に入院したものの、骨折の程度・全身の状態や本人の認知度等を考慮し、骨折に対しては手術をおこなわず「保存療法」ということになり、退院してきてそこからさらに数か月経っていました。

 リハビリの立場からは、両手と右足を使って(両手で手すりを持ち右足に体重をかけて)トイレで立てるようになることを長期目標に、今は平行棒の中で右足を使って立たせる練習をしていることを報告しました。
 すると介護担当責任者から、「この人は保存療法になったのではなかったのか?だから立たせないことになったのではなったのか?立たせてはいけないのではないのか?」という意見が出されました。
 骨折に対して保存療法を選ぶということは治療を放棄したことであり、「もう立つことは期待できず、立つ訓練はせず車いす生活をしなさい」という意味だ、と理解していたようです。

 これには私は自信を持って「それは違いますよ。」と反論しました。
 理学療法士ならこのような人には、両手で支えながら左足は体重をかけないように床面から足を浮かせ、右足だけに体重をかけて立つことはできるのでは、と考えるはずです。

 手術をせず保存療法を選択するということは、骨の折れた部分が癒合する(骨がつく)方法を、手術できれいに整え、元通りの状態に近づけて癒合させることはしないが、それは(骨癒合しないで偽関節になることもありますが)必ずしも骨がまったく癒合しないということではなく、たとえ変形した状態で骨が癒合してしまったとしても、その状態でできることがあるならば(リスクはありますが)それはそれでやっていこう、ということだと思います。

 実際このかたはリハビリ訓練への意欲がまったくなく、その後も平行棒の中での立ち上がりすらできるようになっていませんが、「保存療法」に対する向き合いかたは理学療法士から介護スタッフにきちんと伝えていかなければいけないのだと思いました。

青ばな

 昔の勤め先でお年寄りと一緒に「大楠公の歌」とも呼ばれる「青葉茂れる桜井の」を歌っていると、先輩の理学療法士がふざけて歌詞を替え「青ばな垂れてる桜井君・・・」と歌っていました。
 考えてみると私は「青ばな」というものを見たことがありませんでした。子供時代、自分も含め回りで子供の垂らしている鼻水は皆、水っぽい透明だったからです。
 そのために「青ばな」とか「青っぱな」と呼ばれる状態を具体的にイメージすることができませんでした。
 ところが今、勤めている老人ホームで初めて老人の鼻の穴から出る「青ばな」を見ることになりました。

 一人のおばあちゃんの鼻の穴から薄緑色の固まりが呼吸に合わせて出たり入ったりしています。
 適度に粘度があるようで形が崩れることなく出入りし、まるでミミズのような生き物みたいです。

 青というよりは緑ですが、こんな色なんだ、どおりで「青ばな」っていうはずだな、と納得しました。

絶滅した動作

 私はいま、老人ホームでリハビリの仕事をするとき、特に歩行訓練をするような場合には、必ず訓練前に電子血圧計を使って血圧・脈拍数などのバイタルチェックをおこないます。
 訓練後は訓練が身体に負担になりすぎていなかったかを診るために血中酸素飽和度計で血中酸素飽和度の測定をすることもあります。
 私と一緒にリハビリの仕事をしている看護師さんはこれに加えて訓練前に電子体温計で体温も測定しています。
 現在は体温の測定は電子体温計があるので容易に体温を測定することができますが、電子体温計がなく水銀体温計だったころは測定に時間がかかり、割れれば水銀が流れ出てしまうので、不穏な動きをするかたに対しては慎重に使用しなければならなかったはずです。

 先日テレビで、平成の間に絶滅してしまった動作の一つとして、体温計にまつわる一連の動作が取り上げられていました。
 体温を測定して上がった水銀柱は、体温計を振って下げなければいけませんが、水銀体温計を使ったことがない世代の人にはその意味が分からず、使えないようです。

 私は中学校時代、どうしても学校にいる気分になれず、保健室に行って体温を測らせてもらい、そのとき物陰に隠れて水銀部分をこすって熱くして表示される温度を上げ、しかしこの方法では表示される体温が少し高くなり過ぎたので体温計を振ってちょうど37度1分くらいにして、体温が高いと言って帰宅したことがあります。
 このようなことも水銀体温計の意味がわからなければおこなえず、この話を聞いても経験がなければわかりません。

マイクロチップ

 年末に猫とヒトの行方不明の記事が新聞に載っていました。

 名古屋市内で保護された猫が、体内に埋め込まれたマイクロチップの情報から1ヶ月前に静岡市内で行方不明になった猫であることが判明し、無事に飼い主の元に戻ったそうです。

 高齢で認知症のある行方不明者は毎年増加し、その8割は行方不明を繰り返すそうです。行方不明中に事故に遭うこともあり、亡くなる人もけっこういます。
 行方不明になる人にマイクロチップのようなものをつけてはいけないのでしょうか。
 靴の底に発信器をつける例はありますが、靴を脱がれてしまえばそれまでです。
 このようなことを言うと必ず「人権を損なう」という話が出てきます。
 しかし、どこにいるんだろうか、事故に遭ってはいないだろうか、生きているだろうか、と心配する家族の身になってみればたまったものではありません。いっそ体内に発信器を埋め込んでおけばよかったと思っているはずです。

 非常に小さて身体の負担にならず、電池の補充もいらず、しかし自分では容易に取り外せないというような発信器が開発されないものでしょうか。

指の力がなくなると

 今年の夏、左手の指で物をつまむような力が出せなくなり、首や背中に強い痛みもあったことから整形外科を受診し「頸椎症性筋委縮症(遠位型)」という診断がついたことを、以前ここに書きました。
 その後は、頸部や背部の痛みは消失、指の筋力も回復し、今は首の周囲のだるさだけが残っています。

 指の筋力がなかったころ、思わぬ不便なことに気づきました。
 食品等を入れて密封処理された袋に、「こちら側のどこからでも切れます。」と書かれた袋がありますが、この袋がどこからも破くことができませんでした。

どこからでも切れる袋どこからでも切れる袋  (クリックして拡大写真でご覧ください)

 「どこからでも切れます。」はあくまでも指に一定の筋力があることが前提で、それがないと全く対応できません。「どこからも切れません。」になってしまいます。
 またこの袋は筋力があっても濡れて滑ってしまう場合にはうまく破くことができません。

 こうなると親切だったはずの袋が不親切な袋だと感じてしまい、せめて1か所は破くための切り込みがあると助かるのになあと思ってしまいます。
切り込みのある袋切り込みのある袋

 そのような人ははさみの用意が必要なんですね。

クリスマスコンサートで

 私の勤める老人ホームには週に1回女性の音楽療法士の先生がやってきて、お年寄りを相手に音楽療法をやってくれます。
 大きな声でお年寄りたちを盛り上げて、一緒に歌ったり、音の出る小道具で合奏をしたり、新聞を丸めて作った棒を使って手足の体操をしたり、それはみごとなものです。

 私は年に2回くらい、この音楽療法士の先生が演奏するとフルートと私のクラリネットとで、老人ホームの中でミニコンサートをやっています。
 先日このミニコンサートをおこないました。
 クリスマスのこの時期にあわせて、クリスマス向けの讃美歌や、冬の寒さが歌われた歌謡曲などを各2曲ずつ2人の合奏で演奏しました。
 そのほかに音楽療法士の先生のソロと私のソロの時間があり、私は「南から南から」と「あの町この町」の2曲の童謡を演奏しました。
 20歳代の音楽療法士の先生はこの2曲を知らなかったそうなのですが、演奏しているときお年寄りたちの意外に多くのかたが一緒に歌ったり口ずさんだりしている様子を見て驚かれたそうで、「板東先生はジュークボックスなのでみなさんお好きな歌をリクエストしてください。」などと話しておられました。
 元々私にとってもこの2曲は知らない曲だったのですが、リハビリの世界に長く携わっているうちにお年寄りたちがかつて愛唱した曲として仕込んだものです。
 多くのお年寄りに一緒に口ずさんでいただけたことは私には「やったー」という気分で、音楽っていいなあと痛感させていただけるありがたい体験でもあります。
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