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リハビリの世界の話を患者さんやそのご家族、またこれからリハビリに興味を持ちたいかたなど、リハビリの専門家ではないかたにも読んでいただけるようわかりやすいことばでブログにしてみました。趣味の話も少々。                    (旧タイトル・理学療法士板東蓮三郎の視点論点)

ガラス細工が歩く

 老人の介護施設でおこなわれるリハビリ(機能訓練)で訓練を実施したときに介護保険から請求できる保険点数には、従来からあるもののほかに今は、施設全体で要介護度の改善が達成できたときにより大きな点数を請求することができるインセンティブ(出来高)の制度が使えるようになっています。
 要介護度が下がることによって介護施設に支払われる介護報酬を減らし税金の支出を減らそうとする、行政の政策的な理由によりできたものです。

 私の勤めている特別養護老人ホームでは、歩けるようになってより自由度が高くなっても転んで大きなけがをするリスクが増すので、人手が足りないなかで事故を防ぐための見守りの手間が増えるため、この制度ができても最初から自由度が高くなるようにすることを求められておらず、より大きな点数を取るための努力を期待されていません
 多くの特別養護老人ホームもそうなのではないでしょうか。

 介護施設にも2年に1度、役所の職員がやってきて、行政による「実地指導」という名の監査がおこなわれます。
 前回監査が来たとき、私が作成している一人の高齢女性のカルテ(記録)が監査官の目にとまりました。
 認知症の程度は軽く、意思表示ははっきりしているものの足は細くて筋力が弱く一人では立ち上がることができず、しかし両手をつないで手引き介助をすれば比較的安定して歩くことができ、日中すごしているデイルーム(大広間)からトイレまでの移動は職員による介助で行っていました。
 この利用者に対して監査官は「どうして足の筋力をつけて歩行器とか杖を使った歩行をさせないのか」と詰問口調で尋ねてきました。
 「94歳のおばあちゃんですよ。ガラス細工が歩くようなものじゃないですか。一度転べば骨バラバラになっちゃいますよ。」と応じましたが、役所のおばさんは不服そうです。

 文官が机上で考えることは、「施設としては高齢者の自由な行動よりも、安全のほうが優先される」という介護現場の現状をわかっていないなと思いました。
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鏡②

 鏡で身体の状態を映すことがリハビリ訓練に有効である一方、鏡を見せない配慮をする場合もあります。
 病気で長く臥せった後、やっと回復してきて身体を起こし始めたような患者さんで、面やつれが著しく本人がショックを受けそうなので鏡を見せないように指示が出るような場合です。(実際には私はこのようなケースを担当したことはありません。)

 脊髄損傷になってまだ日が浅く、まだベッド上だけで生活している患者さんのベッドの真上の天井に鏡を設置し、自分の身体を鏡に映しだして身体のイメージをつけさせる訓練をしている病院を見たことがあります。
 そのような患者さんにとっては鏡で自分の身体の状態を見ることはショックなことかもしれません。
 しかしリハビリを進めていくうえで必要な段階であるとして、おこなわれているのだと思います。

鏡①

 テレビのCS放送には私の好きな宝塚歌劇だけを放送している会員制の専門チャンネルがあります。
 舞台の映像だけでなく稽古場風景もよく放送されるのですが、舞台と同じ大きさの稽古場で団員たちが、舞台の客席に当たる方向に向かってお芝居やダンスをしています。
 その方向にはテーブルに付き椅子に座った演出家やスタッフが並んでおり、その後ろの壁面は大きな鏡になっています。
 出演者はその鏡に映る自分の姿から、自分たちの姿を見ています。
 もちろん宝塚の稽古場だけではなく、ダンスのスタジオやいろいろな場面・場所で壁面の大きな鏡に自分たちの状態を映しだして確認する方法が使われます。

 リハビリの現場でも鏡を使うことがあります。
 立ったり歩いたりするときに足に自身がない人はどうしても下を向いて自分の足を見て安定を確かめようとしてしまいますが、この姿勢は立った姿勢の安定を壊してしまいます。
 そのような患者さんに平行棒で立位訓練や歩行訓練をおこなうときは、できるだけ平行棒の先に大きな鏡を置いて、自分の身体の状態を鏡に映った自分の姿から確かめてもらうようにします。

 小脳の疾患などの中枢神経の病気でめまいをおこしている患者さんでは、座った姿勢、ひざまずいた姿勢、立った姿勢と少しずつ重心を高く変えながら姿勢を真っすぐに立て直す訓練をするときに、中央に縦に垂直な線(テープなど)を入れた大きな鏡を使うことがとても有用です。

かわいい

 老人ホームに勤めていると、すごく素直でよく笑い、思わず「かわいい」と感じてしまうおばあちゃんがたくさんいます。その一方で、こちらは表向きはやさしく接していても腹の中では「このくそばばぁ」と感じているとても頑固でわがままな人も少しいます。
 おばあちゃんだけではありません。おじいちゃんも同様です。

 先日90歳代のかわいいおばあちゃんのところに息子さん(ある銀行の元頭取だそうです)が面会に来ていました。
 息子さんと「かわいいお母さんですね。」「どうもありがとうございます。」と楽しくやりとりをした後、階段を降りて事務所のほうに向かいました。
 事務長に「板東さん、ちょっとこちらに来てください。」と呼び止められ、面談室で向かい合って話していると、「(ご家族も出席する)カンファレンスなどで、板東さんがご家族の前で利用者のことを『かわいい』などと話されたようですが、ご家族の中にはご自分の身内のことを職員からそのように言われることを気持ち悪いとか、快く思わないかたもおられますから、発言には気をつけてください。」とご注意を受けてしまいました。
 私が「たった今、上で言ってきた。言ってからまだ5分と経っていない。」と伝えると「あきれた」という顔をされてしまいました。

 事務長とこんなやりとりをしたと施設の相談員の男性職員に話すと、「だめだ、直らない。」と大笑いしています。
 この相談員によると「板東の発言が不適切だ。」とよく言っているのはご家族ではなくある職員なのだそうです。その職員から見ると私のお年寄りへの接し方が馴れ馴れしすぎると見えたようで、そこから事務長のところに話がいったようです。

 少し気をつけてものを言わなきゃと思う一方で、お年寄りのご機嫌をとったり家族のような気持ちで愛着を持って接していないとやっていられない面もあり、バランスが難しいなと感じているこのごろです。

私の音楽ブーム遍歴③

 進学した神奈川の県立高校では回りにビートルズを聴く人が多くいました。
 中学では「ビートルズは不良が聴くもの」と考えていたようなところがあり、私の両親もそのように考えていたため、私から積極的にビートルズを聴こうとは思わなかったのですが、ビートルズをとても愛していて私に赤青のレコードを貸してくれた友人がいて、その音楽のすばらしさに気づきました。

 しかし高校に進学しても私が口ずさむ音楽がクラシック音楽と讃美歌という状態は変わっていなかったため困ったことが起きてしまいました。
 高校2年の秋におこなわれた修学旅行で、私たちのクラスのバスではバスガイドさんのリードで旅行期間中に全員が何か1曲バスの中でマイクを持って歌うことになってしまいました。
 皆がそのころ流行っていたピンクレディーなどの歌謡曲やフォークソングを歌っているときに、歌謡曲を全く知らなかった私は、だいぶ前にテレビで放送されていた時代劇のテーマソングを歌うくらいしかできる歌がなく、回りをとても白けさせてしまいました。

 修学旅行から帰ってから歌謡曲に詳しい友人(上記のビートルズの赤青を貸してくれた人でもあります)に「どうして君はそんなに歌謡曲をよく知っているんだ?」と聞いてみると、「日曜日に『電リク歌の・・』というラジオの番組を毎週聞いている。」とのことだったので私も聞き始め、そのころの流行歌を仕込みました。

 この歌謡曲のマイブームはこのときだけの一時的なもので結局長続きしませんでした。本質的に歌謡曲はそれほど興味がないようなのです。いま私がカラオケで歌わなければならなくなったときに歌う曲はこの頃に仕込んだ歌がほとんどです。

筆談英会話

 以前、聴覚に障害があるのに筆談での接客が上手で、ナンバーワンホステスになった「筆談ホステス」が話題になり、北川景子さん主演でドラマ化もされました。

 私が30年近く前に関わった男性はやはり聴覚障害者でしたが、手話でのコミュニケーションのほか、筆談での英会話がペラペラという方でした。飛行機の中でも外国人と筆談でコミュニケーションをとってお友だちになってしまうのだそうです。
 日本語以外に英語も、目から入った情報だけで理解し、自分なりの方法で自由に表現できるようになっています。
 
 私の英語は「読む」「書く」「聞く」「話す」とどれもが実用的なレベルに到達していませんが、「読む」と「書く」の機能だけで実用的に通用させてしまうなんて、健常者には思いもつかないすごいことです。

 上記の筆談ホステスさんはその後、区議会議員になられ、議会ではパソコンの音声ソフトを使って発言されているようです。
 筆談英会話の彼も今ごろはパソコンを駆使して日米で活躍しているかもしれません。

担保する

 来年の参議院選挙に自民党の比例代表区公認候補として立候補することが決まっている理学療法士が語った文章(質問への回答)に、「理学療法士の役割としてまず移動能力の獲得は常に担保されなければなりません。」というのがありました。

 政治や行政に従事する人はこのようによく「担保する」という表現を使います。
 「担保を入れる」とか「担保をとる」という表現は一般の人でも理解できると思うのですが、「担保する」というのは不思議な語感がします。
 「ほしょうする」では「保証する」なのか「保障する」なのか「補償する」なのか音だけではわからず、また字の違いによって意味が変わってきてしまうのでその代わりに「担保する」を用いる、という説があるのだそうですが、「担保する」もあまりわかりやすいとは思えません。
 「担保する」は「確かなものにする」「確実なものにする」という意味だといえそうです。

 「まず移動能力の獲得は常に担保されなければなりません。」というのは、「普通に歩く、それがだめなら杖を使うとか歩行器を使う、それらもだめなら車いすを使う、などその人の能力に合わせてとにかく確実に動けるようにする。」ということになると思います。
 理学療法士の仕事としてはこの表現のほうがわかりやすいと思うのですが、多少長くなるので少し簡潔に表現しようとするとき、政治家の手に掛かるとこのような表現になってしまうようです。

介護戦争

 少子高齢化の影響と「暗い・汚い・きつい」などと言われる仕事のイメージや低賃金もあいまって、介護分野は現在も将来も圧倒的に労働力が足りず、政府はその穴を埋めるために外国人の労働力を介護の世界にも入れることに しました。

 私の勤める特別養護老人ホームでもEPA( Economic Partnership Agreement、経済連携協定)の制度を使ってインドネシアからの研修生が3名来ています。
 私たちの施設の施設長は職員の前でおこなったスピーチで、政策として外国人労働者を受け入れなかったそれまでの状況を改め、労働力として外国人を受け入れるようになったこの状況を「第2の開国である」と話しました。

 先日朝日新聞に掲載された介護に関する1面記事の中では評論家の樋口恵子さんが、このまま進めば介護保険制度が破たんし、日本は「第2の終戦」を迎える恐れがあるとし、それを回避する方法として、学生ら幅広い国民に期間限定で介護の支え手になってもらう「半制度的な福祉就労の導入」が必要だと述べておられます。
 隣国の韓国では今も若者たちが一定期間兵役に就く「徴兵制」がおこなわれていますが、この記事を読んだとき私は、これは介護就労に対する「徴兵制」だな、と感じました。

 開国をしたり、終戦を迎えそうだったり、徴兵制が必要になったり、このような言葉が真剣に使われることからも、「介護」が待ったなしの戦争状態であることがよくわかります。
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