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リハビリの世界の話を患者さんやそのご家族、またこれからリハビリに興味を持ちたいかたなど、リハビリの専門家ではないかたにも読んでいただけるようわかりやすいことばでブログにしてみました。趣味の話も少々。                    (旧タイトル・理学療法士板東蓮三郎の視点論点)

卒業論文

 最近、約40年前に見ていたテレビドラマの再放送を見ています。
 その中で大学4年生の青年が卒業資格を満たすために、指定された期日までに原稿用紙40枚相当のレポートを作成しなければならないことになり、仲間たちのサポートを受けながら、図書館に行ったり徹夜をしたりして、やっと締切日の朝までに指定された枚数を書き上げる、というお話しが印象に残っていました。今回そのお話しを久し振りに見ていろいろなことを思い出しました。

 初めの放送当時高校生だった私はその後の大学時代も卒業論文がない学部だったこともあり、そのような経験をすることは(少しはありましたが)ほとんどなく、そのドラマから「大学の卒業論文の作成は大変な作業なんだ」という印象だけが強く残っていました

 その後、理学療法士の養成校に入って最終学年のときに課された卒業論文は原稿用紙20~30枚相当でした。
 テーマが決まり、資料を集め、(上記のドラマのときの手書きとは違い)思いついたことを次々とワープロに打ち込んでいき、それをきちんとした文章になるように並べ替えていくと、原稿用紙30枚分はすぐに書けてしまいました。
 冗長なところを省いて30枚に収まるように直していくと、何となく内容の濃い論文になったような気がしました。

 打ち込むことのできる好きな勉強のテーマがあると、このくらいの量の文章を作成することは、ワープロのお陰もありますがそれほど苦ではないのだなとありがたく思いました。
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クラリネットのプラスチック製リード

 私がクラリネットに夢中になり演奏家になりたいと思っていた昭和40年代後半の中学生時代、私の家は裕福ではありませんでした。
 クラリネットは、口でくわえるマウスピースという部分に、葦でできた「リード」と呼ばれる発音体(「リード」という言葉はずばり「葦」のことなのですが)を取り付けて息を吹き込み音を出します。
 リードは植物なので性能が安定せず何枚ものリードの中から使えるいいものをやっと見つけても、そればかり使っていると劣化してしまうので、また10枚入りの1箱を買ってきて、使えるものを見つけなければいけません。
 このリードを中学生のお小遣いの中から毎月1箱購入することは、当時の私にはとても負担に感じられました。
 その当時読んだ本には、「リードはプラスティック製とケーン(籐の一種)製とがある。プラスティック製のリードは室内楽や独奏用として満足に使えるものは今の所ほとんどないが、耐久力という点ではすばらしい長所を持っている。・・・近い将来にはプラスティックの耐久性とケーンの美しい音質とを兼ね備えた合成リードが発見され・・・・」
と書かれていました。(フレデリック・サーストン著西岡信雄訳「クラリネットのテクニック」)
 実際に当時発売されていたプラスチック製のリードを使って楽器を吹いてみると音がとても貧弱で、「これはとても使えない。」とすぐに思い、
こんな音しか出ないのであればプラスチック製のリードが使い物になる日は来ないだろうと考えました。

 あれから40年の歳月が流れ、現在ではプロの使用にも耐えるような優秀なプラスチックのリードが出てきました。カナダの「レジェール」という会社が開発したプラスチック材を加工して製造されたリードです。
 私は今ではこのレジェールばかり使っていますが、葦のリードと比べて音色も遜色なく、割れてしまわない限り劣化することもなく耐久性抜群で、1枚当たりの価格が割高であっても十分な内容で、とても満足できるものです。
 プラスチックの加工技術が進歩してついに、本に書かれていた夢のようなリードが実現した、と感慨ひとしおです。

見かけで判断してしまった患者さん

 先述した私に理学療法士になるきっかけを作ってくれたM先生(8月2日付「コレラにならなかったPT」参照)は、大学で合唱団の指揮をしていたほどなので、クラシック音楽にもかなり精通しておられたようです。

 M先生の勤める病院のリハビリを見学させていただきにうかがったとき、M先生と中年の男性の患者さんが音楽の話しで盛り上がっていました。
 「先生、スメタナの『モルダウ』の最初のところはフルートとオーボエとクラリネットですかね。」ときいています。
 その患者さんは土木作業員かなにか、見るからにガテン系の仕事をしているような風体で、およそクラシック音楽を愛好しているようには見えない感じの患者さんなのに、こんなマニアックな音楽の聴きかたをしているんだ、と思ってしまいました。
 M先生は、「ああ、その3つだったかな。」と応じています。

 スメタナの「モルダウ」は、山からほとばしり出た清水が少しずつ集まって小川となり、さらにどんどん大きな大河になっていく様子を音楽で表した楽曲で、最初の清水の様子はフルート2本とクラリネット2本で表現されています。
 アマチュアクラリネット吹きの私はこの曲をスコア(オーケストラ全体の総譜)を見ながら練習をしたことがあるので、よく知っていました。

 そこで私が「いえ、あそこはフルートとクラリネットだけです。」と横から口をはさんでしまいました。
 M先生の顔がつぶれちゃったかな、とも思いましたが、そんな感じでもなく、この仕事はいろいろな趣味があると、あんな感じの患者さんともこんな会話もできて仲良くなれるんだ、と少し嬉しくなってしまいました。

PTがバイタルサイン測定

 今理学療法士がリハビリ訓練を始めるときは、必ず患者さんの血圧や脈拍数などのバイタルサインを測定して体調の確認をしてからおこないますが、私がリハビリ助手時代や理学療法士になってからもしばらくの間は、必ずしも厳密には実施されていませんでした。 約30年前にインターン実習に行った先でも、当時は「必ずバイタルサインを測定して記録しなさい」と言われたことはありません。
 病院に入職してしばらくしてからは仕事中必ず血圧計や血中酸素飽和度計を携帯し、バイタルサインの測定をおこなうようになりました。

 私が病院での勤めを辞めて老人ホームに移ってからも、はじめのうちは病院での習慣で厳格にバイタルサイン測定を続けていましたが、老人ホームに入居している高齢者はそれらの変動があまりないかたも多く、また血圧測定に時間をかけているうちにリハビリをする意欲がなくなってしまうかたもあり、これから歩行練習など大きな動きをするという場合を除いては省略する場合も出てきてしまいました。(もちろんあまり良いことではありません。)

 ところが、毎回歩行練習をおこなっている脳卒中後遺症による片麻痺がある70代後半の女性のバイタルサインを測定していたとき、それまでそのようなことがなかったのに、脈拍数が安全基準を超えて高い数値になったことがありました。2度測っても同様です。
 「これは運動をしてはいけない、という数値なので今日はリハビリはお休みしましょう。」とお話しして、その内容を記録に残し、他職種にも伝えました。翌日も同様な数値でリハビリができず、次の往診医の診察の際に診てもらえるよう看護師に依頼しました。
 往診医の判断で大きな病院で診てもらうことになり、そこでの診断結果を聞くと、「大動脈弁狭窄症」とのことで、さらに専門の病院で手術を受けることにまでなりました。
 計測せずに歩行訓練をしていたら訓練中に重篤な事態を惹き起こしたかもしれません。

 バイタルサインを測定してリハビリ訓練を中止するまでになったことはそれまでほぼなかったのですが、この時ばかりは「バイタルサインを計っておいてよかった。」と強く思った瞬間でした。

カメレオン

老人ホームで毎日おこなわれる申し送りに出席していて、「Aさんは おかゆが白いお茶碗に入っていると、おかゆの残りがどれくらいあるかわからなくて残してしまうので、Aさんには色のついた容器でお出しして下さい。」というやりとりがありました。

私も自宅で、白いコップに入った豆乳が残っているのに気付かずに食事を終えてしまい、ときどき家内に叱られます。
老人ホームでの話を家内にしてみると、訪問ヘルパーの有資格者でもある家内は、「参考になった。その話、今度どこかで使えそう。」と喜んでいました。
まだ元気な私でも白い容器にだまされてしまいます。お年寄りはなおさら注意してあげないといけないのですね。

杏仁豆腐

 職場の老人ホームで3時のおやつタイムをしていたお年寄りたちのそばを通ったとき、お二人の女性から「こんなものは不味くて食べられない」という声が聞かれました。見るとお二人が食べているのは「杏仁豆腐」で、私は介護職員に頼んで同じものを一人分もらい食べてみました。
 自宅で毎夕食時、コーヒーサービスで有名なカルディーの杏仁豆腐を愛用している私には、老人ホームのその杏仁豆腐はとても美味しいものに思えました。

 私は旧満州(中国東北地方)で育った母の影響で、子供の頃から杏仁豆腐や水餃子など中国でよく食べられているものを口にする機会が多くありました。
 杏仁豆腐はものによっていろいろな味のものがあり、中には薬品のような味に感じられるものがあることも知っています。
 しかしこのとき老人ホームで出されていた杏仁豆腐は、老人ホームの給食スタッフによって材料から作られたもので、カルディーのものにも似たほどよい甘さのある美味しい杏仁豆腐でした。
 お二人はよほど杏仁豆腐の味に慣れておられなかったようです。

 蛇足ですが、日本では餃子といえば「焼き餃子」ですが、私は餃子は日本でありふれている「焼き餃子」よりも、餃子本来の姿である「水餃子」のほうが中の肉の味がしっかりわかって美味しいと信じています。
 日本人は餃子は中国から来た中華料理だと思っている人が多いと思いますが、中国からきた水餃子を初めて焼いたのは日本人で、初めて焼き餃子を作ったと宣伝しているお店が横浜にあります。(他の地域にもあるようです。)
 中国で餃子をするときは家族総出で餃子の皮に肉を乗せて閉じ、次々にお鍋に放り込み、茹であがった餃子を独特の穴あきおたまですくっては、酢醤油につけて(ラー油醤油ではない)ワイワイ騒ぎながら食べるそうです。
 これも満州育ちの母からの教えです。

うちの息子をよろしく

 元SMAPの木村拓哉さんが、とてもプライドが高く東京でどんなに有名な俳優も簡単には受け入れてもらえないと聞かされていた京都の時代劇の撮影所に初めて仕事に行ったとき、以前共演したことのある北大路欣也さんが「こんど、うちの息子が行くのでよろしく」と一言伝えてくれてあったので、とてもスムーズに受け入れてもらえたという話が新聞に載っていました。

 私は理学療法士の養成校の学生時代、リハビリ助手として2つの病院で仕事をさせてもらいました。
 1つめは東京の井の頭線沿線のQ病院、2つめは都内の東横線沿線のM病院です。

 Q病院にいたとき、ある病棟に勤務していたベテラン看護師(当時の名称は看護婦)の南さん(実名)とは、仕事中にたまに顔を合わすことがある程度の顔見知りでした。
 私がM病院に移ってまだそれほど経っていないころ、リハビリテーション室からリハビリ訓練が終わった外来患者さんの伝票を持って医事課に走っていたところ、医事課の前でばったりQ病院の南さんに会いました。患者としてM病院にかかりに来ていたようです。Q病院のときと同じ白衣姿の私を見つけ「あら、あなた!」と驚いています。私も思わず「あっ、南さんだ!」と声に出してしまうと、南さんも「南さんだ!」と応じています。
 「4月からこちらの病院に移りまして・・・」と一通りの挨拶を済ませてその場を離れ、リハビリテーション室に戻りしばらくするとそこに南さんがやってきました。
 リハビリテーション室の受付をしていたベテランの事務職員の女性と顔を合わすと、事務職員のおばさんも南さんを見て「あら、あなた!」と驚いています。
 南さんはM病院の近くに住み、以前はM病院に看護師として勤めていたが、M病院を辞めてその後Q病院に勤めたのだそうです。その場はさながら同窓会状態でした。
 南さんが帰られるとき、他のリハビリテーション室スタッフに私のことを「うちの息子をよろしく。」と言ってくださり、とてもありがたく感じました。

 私は自分の親ではない人に「うちの息子をよろしく。」と言ってもらったことが他にも2~3回あるのですが、そのたびにとても暖かい感じがして、忘れられません。

頚椎症性筋萎縮症

 先日来苦しんできた頸部痛や左手の指の筋力低下に「頸椎症性筋萎縮症(遠位型)」という診断がつきました。
 かかりつけの整形外科から紹介された大きな病院の整形外科で脊椎の専門医による診察を受けたもので「筋力低下が治らなければ手術も検討されるが、筋力がすでにほぼ回復して来ており頸部痛はじきに治まるだろうから手術の適応はない、頸部痛のときにおこなうアイソメトリック(等尺性収縮)の運動をしていてください。」とのことでした。
 ただし、「たまに後で再発する人がいるので、そうしたらまた来てください」と言われました。

 「頸椎症性筋萎縮症」には「近位型」と「遠位型」があり、近位型では肩が挙がらなくなり、遠位型では手の指を開く筋力に低下が現れるのだそうです。
 原因はよくわからないのですが、遠位型は今の私よりもずっと若い男性によく見られるようです。

 「頸椎症性神経根症(しんけいこんしょう)」という診断名は聞くことがあっても、「頸椎症性筋萎縮症」というのは私は今回初めて聞いた診断名です。ネットで調べても数件の症例報告が出ているだけで、まだそれほどポピュラーにはなっていないようです。
 また自分の身体で勉強させてもらいました。
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