リハビリの世界の話を患者さんやそのご家族、またこれからリハビリに興味を持ちたいかたなど、リハビリの専門家ではないかたにも読んでいただけるようわかりやすいことばでブログにしてみました。趣味の話も少々。                    (旧タイトル・理学療法士板東蓮三郎の視点論点)

ゴム製品?

 私が理学療法士の養成校の2年生で、初めて病院にリハビリ助手として勤め始めたばかりの頃の話です。

 午後3時すぎにリハビリテーション室での仕事が一段落し、スタッフ全員で「お茶タイム」をしていたときに、病棟に勤務している中年の看護助手の女性が部屋に入ってきて、「これゴム製品のお金。」と言って300円を置いて出て行きました。
 リハビリテーション室の室長の先輩は、「あの人はああいう冗談が通じるんだよ。」と言って笑っています。
 ふつう「ゴム製品」と言うことばは別に意味で使われますが、ここでは杖の先に取り付ける「杖先ゴム」の意味だったようです。
 病棟に入院している患者さんが所有している杖の杖先ゴムがすり減ってすべり止めの用をなさなくなったために、杖先ゴムだけをリハビリテーション室で購入して新たなものと取り替え、その代金を患者さんに代わって持ってきてくれたときに、全員そろってお茶を飲んで一服しているリハビリテーションスタッフの前で、ちょっと気の利いたおもしろいことを言ってやろうと思われたようです。

 なお杖先ゴムのことを別名「石突き」と言うことを、この世界にもう30年関わっているのに、私はつい最近知りました。
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頸部痛闘病中

 ここ1週間ほど、頸部痛・背部痛で悩まされています。
 少し前から頸の周囲の調子が悪かったのですが、老人ホームに入居していて後頸部に痛みを訴えている高齢の男性に、後頸部の筋肉のストレッチと筋力強化が目的の体操のやりかたを教えるために模範演技をして見せていたら、私の頸が痛くなってしまいました。これでは指導になりません。よくない方法を教えたのかもしれません。
 痛みは頸だけにとどまらず、頭の重さを支えている肩甲骨と背骨にはさまれた背部の筋肉(僧坊筋の下部線維とか脊柱起立筋など)まで痛くて、起きているだけで辛い状態です。
 整形外科でレントゲン写真を撮ってもらうと顕著なストレートネックで、第5頸椎(C5)と第6頸椎(C6)の間が狭くなっているとのことです。
 疼痛部位への鎮痛剤注射と頸椎の牽引治療を受け、その後も数回牽引治療を受けていますが、ここまで痛くなると簡単には痛みは引いてくれません。

 私が受診したのと同じ日にタレントグループ「ネプチューン」のリーダーの名倉さんが、やはり頸椎椎間板ヘルニアによるひどい頸部痛のため、しばらく休養するという発表がありました。
 自分が痛いときだけに、芸能活動を休止するほどの頸の痛みというのがどれほどのことなのか、想像できます。

 私も朝起きても動くことができず、数日仕事に穴を開けてしまいました。
 整形を受診したほか、整体治療を数回受け、いま治療用まくらの購入を検討しているところです。
 自分が痛みを持ち患者になってみるといろいろなことを勉強させられ、患者さんの気持ちがかなりわかります。こうならないとなかなかわかってあげられなかったことは本当に情けない気持ちです。

井の頭線の思い出

 理学療法士の養成校に通学していたころ、私は毎日東京・渋谷から吉祥寺までの井の頭線を利用していました。
 始発から終点までの全区間なので乗り過ごすということもなく、急行電車ならば17分、普通電車なら24分のちょうどよいリラックスタイムで、座って安心して眠ることができました。
 昼間は病院等で働いて夕方から学校に向かう夜間部の学生で、いつも疲れていたので、井の頭線ではいつも爆睡劇眠状態でした。
 行きも帰りも毎日この電車を利用していて終点に到着して目が覚めたとき、自分のそのときの状況がとっさにはわからず、「ここはどこなんだろう?吉祥寺なのか?渋谷なのか?今学校に向かっているのだろうか?学校からの帰りなのだろうか?」と一瞬混乱して外を確かめたことが何回かあります。
 それくらい深く休めて、体力を回復させてくれました。

 今の勤務先への通勤は井の頭線のように始発から終点までの利用ではないので、乗っても座れないことも珍しくありません。
 座って眠っていてもどこか緊張しているのか降りる駅が来るとたいていは気づいて降りることができますが、その緊張のためにあまり休めた気持ちがしません。そしてやはり年に1~2度寝過ごして乗り越してしまうことがあります。

 今でも井の頭線はありがたい通勤方法だったなあと振り返っています。

かつら

 私の母は美容師だったので自宅には仕事で使用するかつらがいくつかありました。
 私は小学生時代のあるとき、一時期同居していた頭髪のまったくない祖父の頭にこのかつらをかぶせてみました。
 祖父はとても怖い人で、母やその兄弟のおじたちは決してこのようなことはできないのですが、孫の私には、他の人にするように烈火のごとく怒ることもできず、淡々とされるがままにやられていました。
 つるつるの頭にかつらをかぶされた祖父を見た祖母や母はお腹を抱えて大笑いをしていました。
 これにヒントを得た母は、小学校の同期会にかつらを持って行き、髪のうすいかつての同級生のおじさんたちの頭にかつらをかぶせては写真を撮ったりしてみんなで大笑いをして遊んだようです。そのときの写真が残っていてみなさん楽しそうです。

 先日老人ホームであったパーティーでも、頭髪のないおじいさんにかつらをかぶせる機会がありました。
 パーティー用グッズとして100円均一ショップで売られているかつらをパーティーを盛り上げようと職員が用意してきて、外人を演じようとかぶってパフォーマンスをしていたのですが、これを一人のおじいさんがかぶることになりました。
 お年寄りをおもちゃにしているようで、もしかしたらとても失礼なことをしているのかもしれませんが、ご本人はまんざらでもなさそうで、にこにこしてご一緒に笑っておられました。

 かつらは私にとってはけっこうな値段がするものだと思っていましたが、こんなものが100円ショップに売られているんですね。びっくりしました。

夜討ち朝駆け

 今から30年以上前、私が大学を卒業後最初に就職した電子機器関係の会社で、社内の電話システムを新しいものに更新することになりました。
 そのことを知った大手電気通信関係大手の会社の営業マンが「自社の電話を使ってほしい。」と、私たちの会社でそれらの決定権を持っていた当時の総務部長の自宅に朝に晩にやってきて営業活動をしたそうです。いわゆる「夜討ち朝駆け」の営業です。
 首を縦に振るまで営業活動を受け続けた総務部長は精魂尽き果てて、この会社に決めざるを得なかったそうです。

 老人ホームに勤める私のところにも福祉機器の会社等から、「当社の製品を見てくれ、話をきいてくれ。」と電話がかかってきます。
 最初電話がかかってきたときに、昼休みの最後の15分は休憩をするので電話をしないでほしい、とお伝えします。
 ところがその時間に電話をしてくる会社があります。「この前この時間には電話をしないで、と伝えたはずだけど(どうしてこの時間に電話をしてきたのか)」と質すと、「その後お電話をしたがいらっしゃらなかった。この時間なら確実にいらっしゃると思った。」などと答えるのです。「夜討ち朝駆け」のようなものです。
 私にとって昼休みの最後の15分の昼寝は、午後の仕事のエネルギーを回復する大切な時間です。それをこちらの迷惑も考えずに、営業目的達成のために電話をしてくるような会社とは会いませんし2度と電話にも出ません。

 以前理学療法士の学校の先輩のいる病院に見学希望の申し入れをしたことがあります。するとやはり「12時半から1時の間はみんなで寝ているから来てくれるな。」と言われました。
 体力を使うリハビリの職場はどこも、昼休みの後半は午後の仕事のために休んでいるようです。

微分積分より統計

 先日新聞の投書欄に60代の獣医師職の公務員の男性からの「苦労して微積分学ぶ必要ある?」という投書が掲載されていました。
 そのような仕事のかたでも、仕事で微分積分を必要としたことは一度もなく、このかたの2人の娘さんも同様だったそうです。
 投稿者は、実際に高等数学の知識が必要な人はかなり限られており、高等数学は高校卒業後それぞれの必要に応じて学べばよいのではないか、と述べておられます。

 私がリハビリの現場にいて、高校でもっと時間をかけて欲しかったと思う数学の知識は「統計学」です。
 学会発表の際の資料の統計処理などだけでなく、ふだんの仕事に必要な情報を資料から読みとるようなときに生かせる内容が「統計学」の中に多分にありました。

 上記の投書が掲載された数日後、早稲田大学の最難関学部である政経学部の入試で、数年後から数学を必須科目にする、というニュースがありました。
 このニュースに対する識者のコメントの中には、最近の経済学では微積分などの知識が必要なものも増えてきている、というのもありましたが、別の人のコメントでは、やはり統計学の重要性を唱えていました。

 高校で学ぶ数学の中で、社会に出てから最も必要とされるのは、微積分でも関数でも幾何でもなく、圧倒的に統計だと思います。
 どの分野でも必ず統計は関わってきます
 もっと高校の数学の時間の中で大切にされていいものだと思うし、入試でも取り入れられるべきものだと私は思います。

片麻痺の口の中②

前回の続き
 介護の本の、片麻痺のかたの口の中の症状の記載について気になった私は、大きな書店で他の介護関係の本の食事介助について書かれている部分を片っ端から読んでみました。
片麻痺のかたの口に食物を運ぶときは健側から。また患側に食物が残ることがある。」と記載があるものでそのようになる理由を「半側空間無視があるから」と挙げているものがありました。
 しかし挙げていないものもあり、やはり「片麻痺の人は手足の片側に麻痺が出ると(自動的に)同じ側の顔にも麻痺が出る」と読めてしまう本がいくつかありました

 こんなにはっきりと本に記載されていると「片麻痺の麻痺症状のでかたは首の上と下では別」という私の認識は間違っているのだろうか、最近はこのように教えることになっているのだろうか、と調べてみたくなり、何人かの人に意見を求めることにしました。

 嚥下機能のリハビリもおこなう「言語聴覚士」の制度ができる前からフィーディングエクササイズ feeding exercise(嚥下のリハビリ)に興味を持って力を入れ、現在は大学教授になっている作業療法士の友人は、やはり「片麻痺で顔に麻痺が出るのは、片麻痺と同時に顔面神経麻痺が起きている場合。片麻痺と顔面神経麻痺は別のもの。」という意見でした。
 また私の勤める老人ホームに「口腔ケア」の講演をするために来所した近くの病院の言語聴覚士の女性(この人は言語聴覚士の養成校に進む前は私たちの老人ホームの介護職員だったかたでした)にも意見を求めてみました。
 彼女も上記の作業療法士と同じ「片麻痺と顔面神経麻痺は別のもの。」という意見でしたが、「顔面神経麻痺が片麻痺に併発することはけっこうある。しかし必発ではない。」と教えてもらいました。

 これらの話から、福祉の本に記載すべき正確な内容は「片麻痺の人は顔面神経麻痺も併発することがある。その場合、食物が口の中にたまったり口の端からこぼれ落ちることがある。」という表現になるのではないかと思います。この場合理屈では顔の麻痺が現れるのは、半側空間無視の要素を別にすれば、手足の麻痺のある側と同側とは限らないことになります。

 著者が、解剖学をきちんと勉強してきていない人が読むにはかえってわかりづらくなってしまうために、複雑さを避けるため敢えて難しい表現を避けて、今発刊されている本のような表現にしているのかもしれません。

片麻痺と口の中①

 老人ホームで入居者の介護に関する情報を他職種との間で交換する「カンファレンス」に出席していて、栄養士から「Pさんは右片麻痺なので食べたものが口の右側に残ったり右側からこぼれ落ちることがあるから注意してください。」という発言がありました。

 理学療法士の養成校時代に解剖学でヒトの神経は、左右で交差して手や足など首から下の領域を支配する「脊髄神経」と、左右の交差をしないで首から上の領域を支配する「脳神経」に分かれることを学んできています。
 右片麻痺の場合、左の脳の中でおこった病変によって、首から下は右側に症状が現れるが、右側だけに症状が現れる(右麻痺になる)のは首から下だけで、神経支配が違う首から上は右側だけに症状が現れるということはない(片麻痺とはならない)と私は理解しています。

 上記のカンファレンスで栄養士の意見に疑問を感じ、そのことを発言すると他の介護担当者からも、
「私たちは右片麻痺というのは全身的なもので、頭のてっぺんから足のつま先まで身体の右側全部に麻痺が出る、というふうに勉強してきたし認識しています。」という発言がありました。

 帰宅後、私が持っている介護福祉士を目指す人が読む本を開いてみると、そこには、
「顔面も片麻痺がある場合、食物残渣は麻痺側に残りやすい。
 麻痺があると感覚が鈍くなり、また動作も思うようにできない。
 口中も同様であって、食物のくずやかけらは、麻痺側にあると感じにくく、また排出する動作もスムーズではないため、口中に残りやすい。」(成美堂出版社刊「介護福祉士重要事項」’16年版155ページ)
とあります。
 「顔面も麻痺がある場合」という表現が微妙ですが、この本を読んで勉強した人は、片麻痺は手足だけでなく口も含めて全身的に片側に麻痺が出ると理解してしまうだろうなと思いました
 続く
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