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リハビリの世界の話を患者さんやそのご家族、またこれからリハビリに興味を持ちたいかたなど、リハビリの専門家ではないかたにも読んでいただけるようわかりやすいことばでブログにしてみました。趣味の話も少々。                    (旧タイトル・理学療法士板東蓮三郎の視点論点)

DNA鑑定

 山梨県の道志村で発見された人の肩甲骨がDNA鑑定の結果、3年前に行方不明になった女の子のものであると警察が断定した、という報道がありました。

 残念な結果に女の子の無事を祈っていたご家族や関係者の皆様には本当にお気の毒なことです。
 今回の報道の前、頭の骨らしいものが発見されたときにはDNAでは断定できず、女性にだけ引き継がれる遺伝子のミトコンドリアによる鑑定をおこない「母親と親族関係があることに矛盾がない」との鑑定結果が出て、お母様は「断定されたわけではなく無事に戻ると信じている」とのコメントを発表されていました。
 「矛盾がない」という表現では納得できなかったのだろうと思います。

 私が理学療法士の勉強を始めるよりも以前に読んだ法医学の専門家の書いた本から、DNA鑑定では「血縁関係がない」と100%否定することはできるが、親子でも細胞の中の遺伝子情報は変化するので「血縁関係がある可能性が高い」と99%肯定することはできても「血縁関係がある」という100%肯定(断定)とはならない、ということを知っていました。
 「矛盾がない」というのは99%肯定のことだなと思ったのですが、「断定」という100%肯定の表現ではないため、親御さんはまだ可能性があると思われたのだろうと思います。

 今回「断定した」という発表がありましたが、私が本を読んだ30年以上前よりも現在のDNA鑑定の精度は上がっているのだろうと思いました。
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沖縄出身の友だち

 この5月15日で沖縄がアメリカから日本に返還されて50年になりました。
 50年前のこの日、私は千葉県にあった全寮制の学校の生徒で、同じクラスには沖縄出身のF君がいました。
 この日の朝の集会で寮の寮長の上級生が「今日からF君が日本人になりました。」と紹介しました。
「F君は今までアメリカ人だったのかな?」と不思議な気持ちがしたものです。

 この年の冬、初めて雪が降った日、F君は「初めて雪を見たぞぅ。」と大声で叫び、大喜びで寮の廊下を走り回っていたのがとても印象に残っています。その時の雪は、雪というよりは雨がちょっと雪に近づいたみぞれ程度のものでしたが、彼にとっては今まで見ることがなかった雪との出会いがたまらなくうれしかったようです。

 F君は後には沖縄の人によく見られる小柄な体格と頑強な体力を生かして、雪山にもガンガン登るアルピニストになったり、レスキューの仕事をしたりしました。(沖縄出身者でボクシングの具志堅用高選手や体操の具志賢幸司選手も小柄な体格を競技に生かしていましたよね。)
 雪に縁がなく生きてきて、その後は雪に縁を持って生きたくなったのかもしれません。

ハワイの猫

 2年以上続いたコロナ禍でいろいろなことが規制されてきましたが、このゴールデンウィークにはハワイ旅行が再開されました。

 そんなハワイで「野良猫に絶対に餌をあげないで」とハワイ当局が呼びかけているとネットのニュース(日刊ゲンダイ)で知りました。
 猫の排泄物に含まれる成分(トキソプラズマ等)が川などから海へ流れ込み、ハワイの固有種であるモンクアザラシ等に破壊的な影響が及んでいるのだそうです。また地上に巣を作る海鳥も猫の餌食になり深刻な被害になっているそうです。

 記事には「ハワイ諸島には元々猫がいなかった」とありました。
 それを読んだとき、以前カウアイ島に行ったとき、日本人ツアーのガイドをしていた日系人のおばさんから聞いた話を思い出しました。
 カウアイ島でチャボを飼ったら増えすぎたので、チャボを捕らせようと誰かが猫を連れてきた
 「ところがこの猫たちがバカどもでトリを捕らずに魚ばかり食べた(ガイドさんの話した言い方そのまま)」ので、ちっともチャボは減らなかった、というものです。
 実際カウアイ島でチャボが猫に寄りかかって休み仲良くしている様子を見ました。

  観光地「シダの洞窟」に行く船に乗る前にツアーの記念撮影をしたのですが、撮影時に一緒に写真に納まらせようと餌がまかれることをチャボたちは知っており、観光バスが到着するとチャボたちがどっと走って集まってきます。
 「これに遅れては餌にありつけず大変だ」と母チャボたちも自分の子ども(ヒヨコ)そっちのけで記念撮影会場に走ってきます。
 そんなヒヨコたちにすら猫は手を出さず仲良くやっていました。
 役に立たない猫!変なの。

今の世の戦争の勝敗

 いまウクライナでは平和に暮らしていた一般庶民が、「その土地をよこせ」と言ってきたロシアからの攻撃を受けてかわいそうな事態が続いています。
 今までの戦争では兵士を出し戦力を提供してきた西側諸国は、自国内から受ける「自国民から犠牲者を出してはいけない」という世論と第3次世界大戦にしてはいけないという考えから、兵士は出さずウクライナへの武器供与などで協力しています。
 そのウクライナががんばっているためロシアは当初考えていたような戦果があげられず苦戦しているようです。
 ロシアは自分たちの望む成果があげられないと、「戦略核を使うぞ」と脅しをかけてきています。

 一方が核兵器を使えば、その核の大小に関わらず西側も核兵器で応じることにならざるを得ず、世界は核戦争に突入してしまい、世界中が焦土と化し地上のすべての生物が全滅する恐れが出てきてしまいます。そうなれば、もはやどちらも勝ちも負けもありません
 そんなときスイス人が考えるような「一人でも多くの国民を残したところが勝ち」という考えが真実味を増してきます。
 スイスは全国民を収容し放射能の被害が軽減するまで中で暮らせるだけのシェルターを多くの公共施設の地下に用意しています。
(2011年3月29日付け「スイスの民間防衛」、2020年4月30日付け「シェルター」参照)
 そんなシェルターを使わなくても済むよう、ロシアの首脳が考えを変えてくれることを望むだけです。

税務署のお仕事③

 私は毎年の確定申告に備え、医療機関等から領収書を受け取るといつもエクセルで記録しています。その記録は翌年度以降の参考になるときがあるので記録媒体に保存しています。
 あるとき保存してあった記録媒体の不調でそれまでのいろいろな記録が全部壊れてしまったことがありました。バックアップをとってあった部分は復元できたのですが、前年の医療費の記録はバックアップがなく復元できませんでした。
 私が「その部分は仕方ない」と諦めてしまえば誰にも迷惑もかからないことだったのですが、ずっと続いている記録の一部が抜けているのが悔しくて、前年に税務署に提出した記録を返してもらえないか頼んでみることにしました。

 確定申告の会場で私たちに記入の仕方を指導している2人のスタッフにきいてみましたが、両方とも「戻りません」との答えでした。
 その後確定申告の会場でない別の部屋にいた職員と話せる機会があり同じ依頼をしてみたところ、「もう遠くの倉庫に行っている。返せるかどうかわからないけど調べてみる。」との答えで、私の住所名前を書いて引き揚げてきました。
 それから数ヶ月が経ち、このことは半分諦めかけて忘れていたところ、1通の封書が届き「遅くなりましたが、お申し出により返却します。」という手紙とともに前年に提出したエクセルで作った医療費の一覧と領収書一切が入っていました。
 まさか本当に返ってくるとは思わなかったので、驚くとともに大量の資料があるであろう倉庫の中からこれを見つけだし、送り返してくれた関係者にありがたいなと思いました。言ってみるものです。

 前々回、前回と税務署で受けた悪い印象を書いてきましたが、税務署でもこんな対応をしてくれることもあるのだと、書いておきたくなりました。
 確定申告の会場にいた「戻りません」と答えたスタッフは、忙しい確定申告の期間だけ雇われているアルバイトの税理士さんたちだそうで、このような件の事情には精通していなかったようです。
 それ以来大事な記録は月に1回バックアップをとるようにしています。

税務署のお仕事②

 10年くらい前、税務署に確定申告に行ったとき、職員と相談していて必要な書類が足りないことがわかりました。そこで後日改めて来所することにし、何時頃来るのが一番相談しやすいかをたずねると「4時頃来ていただくのがいいと思います。」と言われました。
 その数日後の3月14日に午後有給休暇を取って、4時に税務署に行くと、入り口で誘導係の職員が「今日は受付を締め切ったので明日また来て下さい。」と来所者を追い返していて、そこここで来所者と職員が言い争いになっています。
 私も「確定申告は明日までじゃないか。明日来れなかったらどうするんだ。」と言ってみましたが、「そんなこと知ったことじゃない。明日来い。」という態度です。
 「これ以上並ばれると残業になり自分たちの帰る時間が遅くなるので困る。」という姿勢が見え見えでした。
 そこで私が、上記の「4時頃がいい」というのとは少しニュアンスが違いますが、「『この時間に来い』って言ったから来てるんじゃないか。ふざけるな。」と言うと、それでも初めは相手にしないという態度でしたが、数回言うと誘導係の1人が「相談してみる」という態度で上階に行き、戻って来ると他の来所者にはわからないようにそっと「こちらへどうぞ」と中に入れて上階に誘導し、列の最後に並ばせてくれました。
 上階に行って「もう1人入れてもいいか」ときいてきたというよりも、クレーマーがうるさいので中に入って確認してきたフリをしただけのように見えました。
 誘導した職員はその後も私の様子を見張っているようでしたが、列に並んでいると先日私に「4時頃に」と言った職員が私に挨拶をしてくれたので、私が「先日はどうも」と明るい声で挨拶を返す様子を見ると、「あー本当だ。しょうがない。」と諦めて戻って行きました。
 確定申告を3月15日までと期限を切っているのだから14日や15日が混むのが当然なのは誰でもわかることですが、「公僕」などと言いながら受付を締め切って来所者を追い返すなどということは、「お役所仕事もここに極まれり。」という感じで滑稽にすら見えました。

税務署のお仕事①

 今年も去る3月に確定申告のために近くの税務署に行ってきました。
 最近ではスマホから確定申告の手続きができると国税庁が宣伝していますがやり方がよくわからず、来年から何とかスマホから手続きができるよう教えてもらうために、今回は数年ぶりに税務署に出向きました。
 ここ数年税理士に依頼していたのですが、税理士に頼むには額が小さくかえって税理士に気を使わせ迷惑をかけていたので自分でできるようにしようと思ったためです。

 以前にここで、「税務署ではロープが張られたコースの中を高齢者も含めて延々と並ばせ前に進ませて順番に受付をするやり方が古いままでひどすぎる」という意見を述べたことがあります。(2013年3月6日付け「高齢者の確定申告」)

 最近では郵便局や私の最寄りの区役所などの公共施設でも窓口に用のある来客は受付機から番号札を受け取り、番号が表示されたり呼ばれて用を足します。

 今回はコロナ禍でもあり税務署も何か変更されているのか注目して見たのですが、前の来客との間隔を空けるように床面に間隔を示すラインが引かれているだけで、列を作るやり方は変わらず、スタッフに相談しながら書類を作成するコーナーは以前と変わらず密になっていました。
 税務署は相変わらず頭の固いお役所仕事のままです。

こむら返り③

 前回私のこむら返りは脛の前もふくらはぎも両方つる、と書きました。
 いま勉強しているマッサージの本では、「こむら返りがすねの前面に起きたら疲れや冷えなどが主な原因ふくらはぎで起きたときは肝臓や筋肉を調整する経絡や腎機能に関係する経絡に変調が生じたため。」との記載がありました。
 私はこの両方が同時に起きていたことになり、いろいろな体調の不具合を教えてくれているサインなのかもしれません。

 また最近これまでに経験のないこむら返りの起こりかたを経験しました。
 下腿の前面の痙攣はなく、後面のふくらはぎだけの痙攣だったのですが、いつもはふくらはぎ(下腿三頭筋)全体が硬くなるところが、今回は下腿三頭筋(「腓腹筋」+「ひらめ筋」)のうち、ひらめ筋の起始(筋肉が始まるところ)だけが痛くなったのです。
 明け方にそれが起こったとき、まるで肉離れが起こったような、脚部の膝の少し下を横に刃物で切られたような痛みかたで、痛みでストレッチもできず強い痛みが2日ほど続き、丸5日経ったいまも押すとまだ少し痛みが残っています。
 経験するたびにいろんなこむら返りの起こりかたがあるのだと勉強させられています。

こむら返り②

 自宅や学校で「足がつった」というと家族や友人が足首を持ってつま先を向こう脛に近づけ、ふくらはぎをストレッチしてくれます。

 私も中年といわれる年齢になって以降、夜中や明け方に「こむら返り」を経験するようになってしまいました。
 「こむら返り」は医学書で調べても「ふくらはぎの筋肉の痙攣である」と書かれており、皆その認識で上記のようにストレッチしてくれるのですが、私の場合は「すね」の後ろにあるふくらはぎ(下腿三頭筋)だけでなく、前にある筋肉(前脛骨筋)も同時につります。(他のかたの場合はいかがなのでしょうか。)
 こむら返りが起こっているときにすねの筋肉を触ると、前も後もカチカチになって収縮しています。ひどい時には痛さのために大きな声が出てしまいます。
 前と後ろの筋肉に同時につられてしまうと、つま先を上に上げても下に下げてもどちらかが痛くなってしまうので全くの処置なしです。穏やかにしていて治まってくれるのを待つしかありません。
 他の人もこのような痛み方をするのであれば、医学書の記載も考え直さないと、誤った理解が標準化されてしまいます。
 「こむら返り」がそのようなものであることは経験しないとわからないのかもしれません。

こむら返り①

 夜中などに下腿(膝と足首の間)の筋肉がつる状態になることをよく「こむら返り」と言いますよね。

 この「こむら」の部分も漢字で書くと「腓返り」となることを、数年前電車の中で見た広告で初めて知りました。
 下腿にある骨は「脛骨」と「腓骨」の2つですが、この「腓骨」の「」の字が「こむら返り」の「こむら」だったのです。

 その時点で理学療法士になって30年近く経っていましたが、それまで「こむら返り」の「こむら」が「腓骨」の「腓」だとはまったく知りませんでした。
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