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リハビリの世界の話を患者さんやそのご家族、またこれからリハビリに興味を持ちたいかたなど、リハビリの専門家ではないかたにも読んでいただけるようわかりやすいことばでブログにしてみました。趣味の話も少々。                    (旧タイトル・理学療法士板東蓮三郎の視点論点)

張り手

 東京・目黒区の病院でリハビリ助手をしていたころのお話です。
 脳卒中でリハビリをし、退院したのに2週間で再発作を起こし入院してきた患者さんがいました。(たばこを吸いたいばかりに当時あった喫煙室まで歩くことを目標にリハビリを頑張り、退院後は家族が止めるのに耳を貸さずに意地になってたばこを2本いっぺんに吸ったりしているうちに、2度目の脳卒中になったと以前ここで書いたことのある、居酒屋をやっていた60代のおばちゃんです。)

 2度目の脳卒中は1度目よりもずっと重く寝たきりで、1度目にはなかった感覚過敏の症状が強く出現し、麻痺のある手足は少し動かしても痛みを強く訴えていました。
 筋肉の筋緊張が高く関節の拘縮(固くなること)が早く進む可能性があったので、医師からはベッドサイドでの拘縮予防のための手足のROM訓練(他動的な曲げ伸ばし)の指示が出ていました。

 6人部屋の病室の患者さんのベッド上で麻痺のある足をゆっくり動かしていたのですが、それでもとても痛かったようです。
 患者さんは足を動かされるのを何とか振り払おうと麻痺のない動くほうの足で夢中になって抵抗し始めたのですが、その足の裏が私の顔面に入り、そのような動きを予想していなかった私は備えがなく、ベッドの下まで吹っ飛ばされてしまいました。まるで相撲の張り手でも食らったみたいな感じでした。
 私は特に痛かったわけでもなく、ただびっくりしただけだったのですが、驚いたのは同室の患者さんたちです。
 そのころは隣の患者さんのベッドとの間にカーテンでしきりをしていなかったので、私が蹴られて床に転げ落ちる様子が丸見えで、「キャッ!」と声を出された患者さんもおられました。
「先生(まだ無資格の助手ですが白衣を着ていたので患者さんにはそのように見える)の顔を蹴るなんて。」という声が聞こえました。

 まだ助手時代に脳卒中の麻痺に、運動麻痺とは別に感覚麻痺があり、感覚麻痺も感覚脱失や感覚鈍麻だけでなくわずかな他動的な動きも強い痛みとして感じる感覚過敏があることを身を持って学んだ場面でした。
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耳がつぶれる

 いま大相撲の春場所(大阪場所)が佳境になっています。

 テレビの中継を見ていると、耳の形が変形しつぶれている力士を見ることがあります。
 耳の中には骨はなく柔らかい組織だけで形作られているので、取り組みや稽古で相手にぶつかったり張り手を受けたりして耳に衝撃を受けているうちに、形が変わってしまうのです。

 老人ホームに入居している高齢のかたの中にもお相撲さんと同じように耳がつぶれている人がいます。
 寝たきりになっている人の中で座骨や仙骨などお尻の真ん中に褥瘡(床ずれ)ができてしまった場合には、褥瘡を悪化させず新たな皮膚ができて盛り上がってくるように、お尻の真ん中に圧がかからないように除圧をするために、仰臥位(背臥位、仰向け)で寝るのを避け、側臥位(横向き)で寝かせるようにします。
 側臥位で寝かせていると耳が頭蓋骨と枕にはさまれて持続的につぶされてしまうことになり耳の形がかわってしまうことがあるのです。
 耳が当たる枕の枕の形などを配慮すべきなのでしょうが、そのための枕が存在するわけではなく、褥瘡の改善が優先されるので耳の変形の対策は考慮されなくなってしまいます。

飛行機事故の患者さん

 飛行機に搭乗すると離陸の前にモニターを使って、緊急時の対応をおさらいすることになります。
 先日の搭乗時も、そんなアニメ映像を見ました。
 シューターが開いて機外に脱出する際は、一切の荷物を持たず、靴は脱ぎ、身につけている貴金属は外して、手を前方に伸ばして飛び出すように、というものがあります。
 下で待つ人は降りてきた人の伸ばされた手を受けて、シューターの最後の部分で立たせてあげるように描かれていました。
 この映像を見て思い出した患者さんがいました。


 平成3年に私が勤めていた横浜の病院に、ご夫婦の頸椎捻挫の患者さんが整形外科からリハビリに回されてきました。
 その数日前に羽田空港で飛行機に異常が起こり、乗客全員が緊急脱出する事故があったのですが、そのときその飛行機に乗客として乗っておられたのだそうです。
 シューターが開いたときにその最下部が地面に届いておらずに少し浮いており、滑り降りてきた人を下で受け止める人がいなかったために、滑り出た後で地面に放り出され多くの乗客がけがをしたことをニュースで見て知っていました。
 実際にこのような場面に遭遇するときは飛行機が爆発する可能性があるような場合で、生きた心地はしなかったはずです。
 「そうですか、あれに乗っておられたんですか。」とお話ししただけで、そのときの様子を詳しくうかがう訳にはいきませんでしたが、その病院に勤め始めた直後だったこともあり、「そうか、そういう患者さんも来るのか。」と思ったことが印象に残りました。

足のむくみ体操

 以前にもここで書いたことがあるのですが、25年くらい前ハワイに行ったとき、ノースウエスト航空の機内ではホノルル到着前に体操の時間がありました。機内映画を見たりするのに使われるスクリーンに体操の映像が映し出され、客室乗務員も手本を見せながら盛り上げていました。(その後ノースウエスト航空を利用したときには体操の時間はなくなっていましたが)
 座席に座ったままおこなえる体操で、睡眠から目を覚まさせる目的の「のび」の動作のほか、エコノミークラス症候群になるのを防ぐ目的の足首を動かすも動作も含まれていました。

 先日香港に行った際に利用したのは日本航空でした。
 以前のような機内映画を見るためのスクリーンはなくなっていて、各座席ごとに前の座席の後ろ側にあるモニターを使って見たい映像のコンテンツを選べるようになっているのですが、その中に上記のような体操も含まれていました。
 しかしそのコンテンツの中から「体操」を選んで見ている人はほとんどおられないようで、ましてや実際に体操をしている人はいませんでした。
 やはり客室乗務員によるリードというのは大きかった と思いました。

 最近東急東横線に乗っていると、トビラの上の「TOQビジョン」でも
足のむくみを解消させるための体操を流しています。
 ノースウエスト航空の機内では体操をしている人がけっこういたのですが、残念ながらさすがに東横線の車内では映像を見ながら運動する人は見かけません。

 老人ホームでは車いすやソファーに座ったまま長い時間すごしている人が多くいて、下腿(ふくらはぎ)がむくんでいる人も多くいます。
 老人ホームにいる皆さんは、乗り物の中で見たような体操を指導しても所期の目的を果たせるように実行できる人が少ないので、一人一人の足に触れてふくらはぎをマッサージしたり、足首の屈伸(底背屈)の運動をおこなっています。

後ろ向き座席

 電車のボックスシートでは、多くの人が進行方向に向かう席のほうを好みます
 急な加速時に、加速度を背もたれに接した背中が離れる方向に感じる後ろ向きに座っている場合よりも、背中が背もたれに接する方向に感じる方向に感じる前向きに座っている場合のほうが、疲れを感じにくいと考えられているからのようです。

 前回の話で、飛行機の客室乗務員は着席するとき進行方向に対して後ろ向きの席に座っていました。
 私が子供のころテレビで見ていた「キャプテン・スカーレット」(有名な「サンダーバード」と同じイギリスの会社で作られた未来が舞台の人形劇)では、登場する「追跡戦闘車」の操縦席は進行方向に向かって後ろ向きで、操縦士は前方の様子をモニターで見ながら運転していました。
 これは高速で運転する際、後ろ向きの背もたれに背中を接しながら運転するほうが運転手の安全が確保できるためです。

 この話から、安全性は進行方向に背を向けた座席のほうが高い、ということになります。
 周囲のことはモニターで確かめられるようにして後ろ向きの座席に座るというのは、これからの乗り物に応用できるのではないでしょうか。

 自動車や飛行機の客席には進行方向後ろ向きの客席があってもいいのかもしれません。
 いまいろいろ研究されている自動運転の車にもあってもよさそうです。

 車いすは足だけでこぐ場合、前進よりも後退のほうがずっと動かしやすいです。
 以前バックミラーをつけて車いすを後ろ向きに進ませている人がいました。進行方向のことはモニターのついたメガネで見れるようにしたら安全な足蹴り車いすとなるのではないでしょうか。暴走させる人がいなければ、の話ですが。

香港旅行③ CAの肩関節の可動域

 今回の香港行の旅行の往路の飛行機内では、チーフ格の客室乗務員の女性が座るシートがよく見える座席でした。
 飛行機の進行方向に向かって座っている乗客と向かい合った座席に腰掛け、コックピット(操縦席)とのやりとりや機内アナウンスを受話器を使っておこなっています。

 受話器は座っている座席の頭の後ろにあるのですが、 右手を頭の後ろに回し受話器をはずして取るときも受話器を所定の位置に戻してフックに掛けるときも、その位置を振り返って見て確かめることなくスムーズにおこなっています。
 この動作には右肩の関節に、手を後ろに回せるだけの可動域が必要なはずで、肩が痛くならないかなあと思いました。
 他の若手の客室乗務員が同じ動作をおこなうときは、振り返って戻す位置を見ながら受話器を戻していました。

 飛行機が着陸し、降機するさい、そのことをそのチーフ格の客室乗務員に聞いてみました。
 「あら、見てました?」と驚いておられましたが、あの動作は「慣れ」でできるようになったのだとのことでした。
 客室乗務員のベテランの度合いを計ることのできる動作なのかもしれません。
 

香港旅行② エスカレーターと喫煙

 私にとっては18年ぶりの香港でした。
 アジアはどこに行っても人が多くてとても活気を感じるのですが、多すぎて人酔いしてしまいそうでした。

 香港では駅などでのエスカレーターの乗り方は、日本の関西と同じ右立ち左空けになっていました。これは18年前は顕著には見られなかったことです。
 ただ、日本とは違って左側を歩かずに立ち止まっている人がいても、後ろから歩いてきた人が立っている人に歩くように促すようなことはなく、そのまま後ろに列を作っていました
 これは約40年前に行ったイギリスのロンドンでも見られたことで、イギリスは紳士の国だからそのようになると当時説明されたのですが、香港も旧イギリス連邦なのでその影響があるからなのではないだろうかと思いました。
 日本では「片側は歩く人のために空ける」となると立ち止まっている人を異端扱いしてしまい、言葉や行動で排除しようとするところがありますが、ここは外国を見習ったらいいのにと思います。
 
 たばこの規制が18年前の香港とは違っていました。
 屋内での喫煙が禁止され、屋外も「灰皿が置かれている所だけ喫煙可能、違反は高額な罰金」のはずなのですが、灰皿の数が多く、こうなると「灰皿がなくても青空の下はすべて喫煙可」という状態になってしまっていて、まるで無法地帯です。
 屋内では吸えないので屋外の指定場所で吸っていると主張する愛煙家には天国なのでしょうが、たばこの煙の健康被害を認識している人やたばこの煙が苦手な人にとってはひどい場所です。
 18年前はこれほどひどくはありませんでしたが、屋内禁煙ができないのだから屋外で吸うのは当然、という認識なのでしょう。
 香港国民(中国国民?)の公衆衛生に対する意識レベルが著しく低いのだとわかりました。

 この1点をもってしてももう香港には行かれないなと感じています。

香港旅行①

 先日3泊4日で香港に旅行をしてきました。
 飛行機に乗るのも海外に行くのも12年振りです。

 飛行機が駐機場を離れて動き始め、誘導路を滑走路まで地上滑走している時のがたがたという音と大きな振動によって旅に出る緊張がどんどん盛り上がってきます。
 そして、エンジンの轟音とともに離陸が始まり、背中が座席の背もたれに一瞬押しつけられるような独特の感覚で緊張が最高潮に達する飛行機の旅のわくわく感はこたえられません。

 旅は無くてもいい贅沢な時間の過ごしかたです。
 私にとっては2度目の香港で、主な訪問地は前回回っているので今回は忙しく動き回ることはなく、ホテルの周りを中心にのんびり過ごすことにしました。
 そんな無駄な時間の過ごしかたをしているとすごく仕事がしたくなってきます
 そこが旅のいいところで次の仕事に向かうエネルギーをもらうことができました。

ヘルパー講座の講師

 家庭教師のアルバイトをしていた人から、勉強がよくできる子を教えるのはとても楽だ、と聞いたことがあります。少し意味が違うのですが、それに似た経験をしたことがあります。

 私はある老人施設から頼まれて、本業の傍ら、その老人施設が主催する「ホームヘルパー2級講座(現・介護職員初任者研修講座)」のリハビリ関連科目の講師を10年くらいやっていたことがあります。
 年に3~4回、1講座あたり1~3科目、2~8時間講義しました。
 受講者は若い人から年配者まで、資格を取って仕事に生かそうという志をもっていて熱心に受講している人が多く、毎回とても教え甲斐のある講義をすることができました。

 ある年、東京都内のビジネス系の専門学校で専任講師をしている友人に頼まれて、その学校でも同じ講義をすることになりました。
 前年まで教えていた講師が突然降りてしまったそうで、急にお鉢が回ってきたのです。
 使用しているテキストも同じだったので、いつも老人施設でおこなっているのと同じ原稿を持って行って2日に分けて6時間講義をしました。
 そこは「医療事務」の資格を取らせるためのクラスで、そのカリキュラムの一部として「ホームヘルパー2級」の資格も取らせるように組まれていました。
 受講者は いかにも勉強が好きでなさそうな若者たちばかりで、医療事務の課程にヘルパー2級も入っているから仕方なく聞いているようです。
 講義がまるで「暖簾に腕押し」みたいな状態で反応が悪く、本当に手ごたえがないクラスでした。
 全然聞いてくれている感じがつかめなかったので、用意していった講義原稿からあまり関係がなさそうなところは端折って話したので、時間が余ってしまいました。それでもきちんと講義をした形にしないといけないので、残りの時間を繕うのが大変になってしまいました。
 前年度までの講師が下りてしまった理由がよくわかります。私もその年だけでした。
 きっとあのとき受講した学生たちの大半は今頃、医療とは関係のない仕事をしているだろうなと思います。

同僚の入院先

 25年くらい前、長崎での学会に参加していたとき、回りにいた女性2人組の参加者が、私が胸からぶら下げていた参加者証に書かれていた私の所属先の病院名を指さし、「あっ、△O▽病院!」と声をかけてきました。
 話を聞いてみると、彼女たちは埼玉県の病院の理学療法士で彼女たちの同僚の作業療法士の女性(以下、OTさん)が私の勤める病院に入院しているのだそうです。
 当時私が勤めていた病院は、ある種の不整脈に対しておこなわれる治療法を全国に先駆けておこなっていたことで注目され、日本中から患者さんが集まっていました。その病気のために彼女たちの同僚のOTさんも入院していたようです。

 学会後、病院に戻ってすぐにそのOTさんの入院している病室をお訪ねして長崎での出来事をお話しし、「私たちのリハビリテーション室に遊びにきてください」とご招待しました。さっそく見学にきてくださり一緒にリハビリの話をさせていただきました。
 OTさんの入院中に、長崎で会った理学療法士の女性たちも、私の病院にOTさんのお見舞いに訪れ、リハビリテーション室にもご挨拶に来てくださいました。

 OTさんは退院後「入院していてさみしい思いをしているときに来てくださり、リハビリテーション室を見せていただき、いろいろお話ができてとても楽しかった。」とお礼状をくださいました。

 まだ理学療法士や作業療法士がそれほど多くなかった当時、こんな形で人の輪がつながったことは、とても嬉しい経験でした。

トラベルミステリー

 ある年、理学療法士の全国規模の学会が広島でありました。
 その初日の午前にぜひ聴いてみたい講演があったのですが、それを聴くためには当日の朝、羽田から飛行機で広島入りしたのでは間に合わず、かといって前日から仕事を休みにして広島に向かうことも難しく、その講演を聴くのは無理かと諦めかけていました。
 最近は飛行機や新幹線が発達したために夜行寝台がなくなってしまったのでその方法も使えません。と、ふっと今も走っている夜行寝台の「サンライズ瀬戸・サンライズ出雲」のタイムテーブルを見てみると、横浜からサンライズに乗って翌朝岡山で降り、そこから朝早い山陽新幹線の「こだま」に乗り継いで広島まで行けば間に合うことに気づきました。
 この方法で、お目当ての講演を聴くことができました。

 ただ学会に出席するだけでもこんな工夫をするのがおもしろく、トラベルミステリーを解くような気分になりました。

漢字・ワープロ

前回の続き
 私はブログの文章を作成するとき、テキスト形式の文書作成専用のキングジム社製携帯ワープロ「ポメラ」を主に使っています。(写真)
ポメラポメラ

 仕事の記録はパソコンに入ったワープロソフトを使って記載します。

 最近読んだ朝日新聞のコラム記事に「ワープロは漢字制限論を捨てさせた発明」だというのがありました。

 昔からわが国では漢字廃止論漢字制限論がたびたび起こったようです。
 太平洋戦争後、日本を占領したGHQ(連合国総司令部)は、漢字のような表意文字よりもアルファベットのような表音文字の方が進んでおり、難しい漢字を理解できる日本人は多くないだろうから、と漢字を廃止してローマ字表記に変えようとしたそうです。
 難しい漢字の勉強に時間を取られ、外国語や数学の勉強が遅れたから日本人は頭が悪くなり戦争に突き進んだ、と言うのです。
 もちろん日本人が漢字を読み書きするのに苦労し読める人が多くなかったということはなく、そのことで他の分野が遅れたということもないことは、言うまでもありません。

 私は子供のころ、映画等でアメリカ人が英文タイプライターを軽やかに操作するのを見て憧れ、タイプライターを使ってみたいと思っていました。
 日本語の文書を作成するのに和文タイプライターを使っていた日本で、和文タイプライターでは英文タイプライターのように速く文書作成をすることはできませんでした。
 日本語を速くタイプするために、ある会社(有名な商社)では社内での文書をすべてカタカナにしていたそうです。これも軽やかに文書を入力できる英文タイプライターへのあこがれから来ているもので、タイプライターという機械を通して、日本人はコンプレックスがあったというのです。

 そんな漢字の難しそうなイメージや文書作成のコンプレックスが、ワープロの登場で吹き飛んだというわけです。
 日本語ほどワープロを使うのに相応しい言語もないだろうと思います。
 昔憧れた英文タイプライターのように日本語を使えるようにしてしまったワープロはすごいなと思います。

 英語で書かれた文書やハングルで書かれた文書を眺めていると、それらの国は日本語で言うならばすべて仮名で書かれた文書を読んでいるようなものなので、大変だろうなと思います。
 もちろん英語の国やハングルの国の国民はそれが当たり前で不便だとは感じていないでしょうが、漢字も入っている日本語は読んでいて直感的にイメージを膨らませやすいですよね。
 やっぱり、漢字って本当に便利だなと思います。

 漢字に便利さがあり、仮名に便利さがあって、その両方がある日本の文字文化って本当に素晴らしくありがたいことだと思います。
 またその両方を苦もなく使いこなせる日本人ってすごいですよね。

カタカナ

 最近は映像記録や音声認識による記録機器が発達したので「速記」の話をほとんど耳にしなくなりましたが、私が大学生のころは、まだまだ有望な資格であるとしていろいろな速記学校が新聞等に広告を載せていたこともあり、速記でも身につけてみようかと考え、「速記入門」のような本を手にして眺めたことがあります。そこには速記を勧める本なのに「すばやくメモを取るのは片仮名」だと書かれていました。

 私は老人ホームで仕事をする際、情報が書かれた紙をはさんだクリップボードを持ち歩き、気がついたことはすぐにメモを残しながら仕事をしています。
 ボールペンを胸ポケットにさしておくと、しばしばどこかにいってしまっていつも探しているようになるので、クリップボードにボールペンを紐づけています。(写真)
クリップボードとボールペン

 相手(お年寄り)をできるだけ待たせずに素早くメモを取りたい ので、そこで重宝するのが片仮名です。
 日本語を書き表すとき、ふだんは漢字と仮名を適宜使い分けていても、このような素早くメモをしたい場面ではやっぱり片仮名は本当に便利だと感じます。
続く

老人施設のリハビリ④

 先日も少しここでふれたのですが、私の勤める老人ホームでは2年に1度おこなわれる役所による実地指導(監査)が昨年11月にありました。そのときの内容に基づいた改善を求める通知が最近手元に届きました。
 この内容に私も施設もずたずたになってしまいました。

 監査の口頭指導のさいに、監査官の質問に対してこちらの考え方を述べてきちんと理解してもらったはずの内容まで「適切でない」として改善すべき内容に盛り込まれています。
 まるでだまし討ちにあったような気分です。

 役人は老人施設で暮らす利用者のことをわかっていないと思います。そこでおこなうべきリハビリが機械的におこなえるものとでも思っているように感じてしまいます。

 私は以前、要介護状態の母親を老人施設に預けていた「利用者の家族」だった経験があり、それだからこそ「施設に親を預けている家族の立場や気持ち」がわかる部分があります。
 役人は、利用者の家族が、どのような気持ちで高齢の家族を施設に預け、施設と施設のリハビリに何を望んでいるかもわかっているとは思えません。
 言いがかりのようなことを言ってくる役所の人に「試しに介護が必要な人を家族に持ってみなさいよ」 と言いたくなりました。

 制度を作るにあたって、厚生労働省の役人は、専門家の意見を当然聞いているとは思いますが、何も事情をわかっていない事務官が机上だけで作ったのではないかと思ってしまいます。

 通知には、勤務体制の見直しを検討するか、困難ならば加算の算定の取り下げを検討してください、とありました。機能訓練加算を取るハードルを高くして、できるだけ加算をとらせまいとしているような悪意を感じます。
 今般の指導内容のような制度の運用のしかたをしていれば、利用者の評価会議に出席が必要な全職種の職員の名前を列挙したところに、出席しなかった職員も押印だけして承認したことにするなどの書類上のこずるいテクニックを使っている施設(実際そのようにおこなっている施設がある)しか加算を算定できないことになると思います。

 加算は機能訓練指導員1人の人件費をやっとまかなえるくらいの金額であり、加算がとれなければ機能訓練指導員の人件費は施設の持ち出しになってしまいます。
 その費用が出せないとなれば施設は、赤字構造になるリハビリには手を出さず、機能訓練指導員は置かなくなってしまいます。この分野のリハビリ担当者の待遇は改善されないはずです。

 これでは真面目にリハビリに取り組もうとするリハビリ従事者も老人施設では仕事ができなくなり、この分野は遅れ、結局、高齢者の利益につながらなくなってしまうと思います。

 きちんとやっている施設もあるのに自分の不出来を棚にあげて愚痴ばっかり言っている、と思われたかたもおられるかもしれません。不愉快の文章を載せてごめんなさい。

立たせられる人は立たせる

 老人ホームで働き始めてすぐの頃から、自力で歩いたり立ったりできない入居者に対して、たとえ今後歩ける見込みがなさそうな人でも、立たせられる人には介助しながら立たせるようにしてきました。
 無理矢理でも立たされることで、少しでも立つことに慣れてくれればいいし、慣れて少しずつ足の筋肉に力がつき体力もついて、移乗の際などに短い時間でも立位を保ってくれるようになればもっといい、との考えからです。

 チルトテーブル(起立台)のような立たせるのに有用な器具が使えればそのほうが高齢者にとっても恐怖感が少ない状態で立ち、足の筋肉に負荷をかける(仕事をさせる)ことができるのですが、お金のない老人施設ではチルトテーブルの購入など望むべくもありません。

 老人ホームで初めの頃、おばあちゃんをなんとか立たせている様子を見て、「何か卑猥でいやらしい。あの人はたとえ高齢者が相手でも女の人と抱き合いたくてやっているのではないか。」と言った職員がいたようです。私にはそんな趣味はありません。
 十分身体を近づけて立たせないと、立たされているお年寄りのかたが恐怖感を感じてしまって足がすくみ膝を曲げてしまいます。それではこちらがお年寄りを支えきれず、腰が痛くなってしまいます。
 いつ膝ががくっと折れて倒れるかもしれない人を、まるで抱き合っているような形で立たせている人は女性に限りません。同じような条件で必要があるかたにはおじいちゃんにもおこなっています。老人ホームの入居者が圧倒的に女性のほうが多いので、おばあちゃんと抱き合っていることが多いように見えるだけです。

 自力で立てない人に立つ練習をすると、一人では立てないことを忘れ自分で立てると勘違いをして一人で立ち上がって危ないので立つ練習をするのはどうか、という職員もいます。
 実際立ってしまって心配した例は少しありましたが、リスクを心配して機会を奪うよりも、多くの人にまだ立てるという気分を味あわせ喜ばせてあげることのほうが大切だと思っています。

 介護現場で認知症のかたに接するのに有効な方法として、フランスで始められテレビでも取り上げられた「ユマニチュード」というケアがあります。
 このユマニチュードの4大原則の1つに、「立たせる」が入っています
 そこでは立たせることは人間の尊厳、人間らしさを取り戻すことにつながる、と考えています。やっぱり同じことを考えているんだなと思いました。

 立つ練習をすることは誰にでも使える方法ではありませんが、やはり立たせられる人には立たせてあげたいと思います。
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