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リハビリの世界の話を患者さんやそのご家族、またこれからリハビリに興味を持ちたいかたなど、リハビリの専門家ではないかたにも読んでいただけるようわかりやすいことばでブログにしてみました。趣味の話も少々。                    (旧タイトル・理学療法士板東蓮三郎の視点論点)

お葬式の焼香の思い出

 先日の新聞の投書欄に、葬式での焼香のしかたがわからず前の人がおこなったようにしたがうまくできなかった、学校で教えてくれるとよかった、という中学生の女の子からの当初が載っていました。
 その記事を読んだお寺のお坊さんから、宗派によって焼香のしかたがこんなに違うのかと学んだ、という投書も掲載されていました。

 私が中学2年になる前の春休みに祖父が亡くなりました。
 私は当時在籍していたミッションスクールの教えにかぶれ、葬式での焼香を拒否し親戚から顰蹙をかってしまいました。親戚にはお寺もありなおさらでした。
 いま思えば長い正座のために足がしびれて動けないから後回しにしてほしい、などと言って実際には後でもおこなわないような方法でやんわりとすりぬければよかったのにと思うのですが、その頃は気持ちがとがっており、また当時はまだ葬儀に出席した経験がほとんどなく、そのような知恵も働きませんでした。
 今の私はキリスト教の信者でもなければ他の宗教の信者でもありません。
 その私が宗教行事に参加するときにおこなう方法として決めているのは、そこの宗教での正しい方法でおこなうことにこだわらず、自分の方法でおこなおう、ということです。
 お寺のお焼香でのお香をつまむ動作は、2回おこなう所でも3回おこなう所でも1回だけ、神社では「二礼二拍手一礼」が正しいと言われていても「二拍手一礼だけ」です。
 正しい方法でおこなわなくてはいけないと目くじら立てて主張するみなさん、理解してください。「気は心」です。

 なお葬式等で短い時間でもきちんと正座をしない人を「失礼だ」と非難する人がいます。
 私は右の膝にメスを入れたこともあり、ほんの少ししか正座をすることができません。しかし股関節の可動域に制限がありあぐらはもっと苦手です。足を伸ばしていいと言われて足をのばしていると(長座位)腰が痛くなってしまいます。
 お葬式は椅子座位(端座位)賛成派です。
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長寿で生き生き

 数年前、川崎駅の近くを歩いていると、私の前をOL服の女性2人が歩いていました。若い人と同じOL服を着ているものの、お2人ともどう見ても80歳近い感じです。
 しばらくするとそのうちの1人が大きな茶封筒を小脇にはさんで戻ってきました。足取りも軽く、身を包んだOL服がうきうきして見えました。

 数日前に読んだ新聞には、大阪にある商社の総務課に勤める勤続64年の90歳の女性の記事が掲載されていました。彼女は先頃、「世界最高齢総務部員」としてギネスから認定されたそうです。
 長年そろばんやタイプライターでおこなっていた仕事が70歳近くになったときパソコンに切り替わったときも、わくわく気分でパソコンの使い方を覚えたそうです。
 今ではエクセルやスマホを使いこなし、新しいものが目の前に現れるといつも好奇心いっぱいで、それらを使いこなせるようになってしまうそうです。

 いま国は企業に定年延長や高齢者の積極的な雇用を働きかけています。
 これには給与の中から年金を納める人を増やしたいという、国の年金財政の都合も含まれています。
 「パソコンはわからない、ダメ」などと言って若い人にやらせるのでなく、上記のおばあちゃんたちのように、若々しい格好をし、いつまでも新しいことに興味を持って、足腰の許す限り動いてできることをやり続けていたいものです。

体力は筋力

 訪問リハビリにうかがっている利用者に、在宅酸素療法で酸素供給器からつながったチューブを24時間鼻につけて生活している70代後半の男性がいます。
 倒れて入院するまでずっと、毎日仕事の後たらふくお酒を飲み、たばこを吸って、それが健康に悪いなどと露ほども考えずに生きてきたかたです。
 今は入浴をしたり歩行訓練をするとすぐ血中酸素飽和度が90%を切り、「水に溺れているような苦しさだ」と話され、しばしば「タバコくらいでこんなことになるなんて夢にも思わなかった。」と言います。 

 その彼が「やせたから体力が落ちた。歩けなくなると困るからたくさん食べて太らないとだめだ。」と毎回口にします。
 腹式呼吸を覚えてもらうためにお腹を触ると分厚いぜい肉でタプタプしています。
「筋肉が増えて太るならいいけど、ぜい肉が増えて太ると体力はますます落ちるばっかりだからね。」と言って筋力トレーニングをするように指導しているのですが、「歩かないと歩けなくなって大変だ。」と思いこんでいて息苦しくても歩こうとされ、筋力をつけるトレーニングの大切さを認めようとしません。
体力は筋力だからね。」とお伝えしても筋トレはあまりお好きでないようです。

新潟の笹だんご

 病院に勤めていたころ、ある有名な男優さんのお義母さん(奥様のお母さん)のリハビリを担当しました。
 お婿さんであるその男優さんだけでなく、所属劇団の他の俳優さんたちも自宅に呼んでよく面倒をみたという、その世界では「名物お母さん」だったそうです。

 そのおばあちゃんを担当していた頃、新潟で理学療法士の勉強会があり出張させてもらう機会がありました。
 新潟出身だというそのおばあちゃんのために新潟で「新潟名物笹だんご」をおみやげに買ってきました。
 朝病室(6人部屋だった)に入るとそのおばあちゃんはよく眠っておられたので頭の上にある蛍光灯から笹だんごをぶら下げ、目が覚めたらすぐにわかるようにしました。
 案の定、目が覚めたとき目の前にぶら下がっている笹だんごを見つけ、「誰がくれたんだろう?」と思ったそうです。
 食べるとのどにつかえてしまうかもしれないので多分食べてはいただかなかったと思うのですが、笹だんごで故郷を思い出していただき、ひとしきり楽しい会話をすることができました。

 数ヶ月後、そのおばあちゃんが亡くなったとき、ご自宅でのお通夜にうかがい、玄関先で男優さんから「板東先生、母がたいへんお世話になりました。」と、ドラマのときと同じ声で言葉をかけていただきました。
 その男優さんが出演している有名なドラマの世界に放り込まれたような不思議な気分でした。

南米の衛生観念

 先日タレントのマルシアさんがラジオに出演し、日本に来る前のブラジルではご本人は意識はブラジル人なのに外見から「日本人」と言われ、来日すると日本語はほとんど話せず感覚はブラジル人なので、日本でのいろいろなギャップに悩んだという話をされていました。

 日本に住む南米からきた日系人は、例えば日本で環境保護のために行われるゴミ捨ての分別の習慣を「日本人は細かすぎる。」と怒り、分別せずにゴミ捨てをしてしまうとテレビで観たことがあります。
 南米の国々では衛生観念が日本とは大きく異なるようで、環境保護の視点を持つ必要性を理解できないようです。

 病院に勤めていたころ、南米のある国から日本に国費で留学していた加賀キティさん(仮名)という患者さんが怪我のため入院し、リハビリで接したことがあります。
 国費留学生に選ばれるくらいだから母国ではエリートです。
 「自分は特別だから早く治してほしい。」という意識があるようで、彼女はリハビリの時間が終わっても病室に帰らず、1日中リハビリテーション室にいて勝手に訓練器具などを使っています。
 あるとき腰痛のあった私の腰に鍼灸師の免許も持っている先輩が鍼を打ってくれていたときのことです。
 鍼治療をしているところを「初めて見た」と言って喜び、私の腰に刺さっている鍼を素手で勝手に引き抜いて、他の部位にプスプス刺し始めました。きちんとした方法で刺される鍼は痛くありませんが、いいかげんに刺されると痛みを感じ、背中を向けていても何か違う方法がおこなわれていることがすぐにわかりました。
汚い手で鍼にさわったり刺したりしたらだめだ。」と私が怒ると、「私の手はきれいだ。」と怒っています。
 医療の場で使われる「清潔」の概念は、きちんと消毒・滅菌をした状態で医療行為をおこなうことで、一般の「きれい・汚い」とは違います。そのことを説明しても理解してもらえません。
 私が「常識のない人は嫌いです。」と言うと、「『ジョーシキ』ハナンデスカ?」と言い返してきます。もう「暖簾に腕押し」状態でした。
 国費留学生のようなエリートでも、その国の衛生観念はそのレベルなのだとこちらが理解するよりしかたがありませんでした。

特別養護老人ホームでの仕事⑨

 退職の意志を固め、その文書を提出してからは、私の後任がいない以上「個別機能訓練加算」はとれなくなるので、改善してもすぐに加算をやめなければならず、混乱するし意味がないので、改善への動きは停止しました。

 退職が近づいた日に施設長から施設長室に来るように言われ、退職の挨拶もするために訪室したときのことです。
 施設長から、実地指導(監査)の改善点について「なぜ改めなかったのか」と詰問されました。
 1度目の実地指導で指摘を受けたことが2年後の2度目の実地指導までに改まっていなかった場合、1度目の時期に遡って既に算定した「個別機能訓練加算」を返還しなければならない場合があるからです。
 施設長は「直すように言ったが板東が改めなかった、と報告を受けている。」と言いますが、これは明らかに間違いです。
 私は職員の誰かから改善するようにと言われたことはありません。
 3回提案し、4回目の話し合いの開催もこちらから求めていたくらいですから、あるはずがありません。そのことを伝えました。
 施設長から聞かれた人は、自身に責任が及ぶのを回避するために言ったのかもしれません。

 理解のあった以前の施設長(後に理事長)も既に亡く、長くつきあってきた愛着のある施設だったのに、残念な別れでした。

特別養護老人ホームでの仕事⑧

 2度目の実地指導(監査)でも、1度目(2年前)のときと同様に他部署との情報共有がおこなわれたことが書類の上で残されていないことが指摘されました。
 さらに1度目にはなかった「リハビリプログラム作成者から直接(電話ででも可)利用者の家族に説明し同意を得たという記録がない」という指摘も受けました。
(その他にもいくつかの指摘を受け、指摘を受けた方法をとっていた理由を説明したところその場では了解が得られたと思っていたにも関わらず、後から届いた文書では「○○がおこなわれていない」などの形で改善事項となっており、まるでだまし討ちにあったような気分になった、ということは以前にもここで掲載しています) 
 これらの改善すべき指摘を受けて、前述の施設A・施設Bのやり方を参考に、介護職員による生活リハビリの実施とそのための書式の作成、ケアプランの書式とリハビリの機能訓練計画書の共通化を図るべく、私にとって4回目の、話し合いの開催を関係部署に持ちかけました。
 ところが介護職員の中で「リハビリ担当」と任命されている男性からは「そのこと施設長は知っているのか。」と強い口調で言い返されてしまいました。「自分たちも忙しいのにPTが楽をしリハビリのゲタを介護スタッフに預けるような企てには乗らないぞ!」という意思表示に見えました。

 そのようなことがあって、このままここで仕事を続けても行政が求めるような改善も進まず、施設のためにも私自身のためにもならないと考えるようになりました。
 老人ホームの常勤になって3年目の冬でしたが、マッサージ師養成学校に行こうと思い始めたこともあり、年度末の3月末で退職する気持ちを固めました。

コロナ患者に体位療法

 今日の朝日新聞の夕刊に、新型コロナに罹患した中等症の患者さんをうつ伏せに寝かせる「腹臥位療法」をしたところ血中酸素飽和度が改善し、重症化を防ぐことができた、という記事が載っていました。
 この記事を読んだとき「あっ、なるほどな。」と思いました。

 理学療法士は肺の疾患で痰が出る患者さんに「体位排痰法」をおこなうノウハウを持っています。
 痰は肺の中を上から下に動く性質があるので、痰が出る患者さんの痰のたまりやすい部位を検査で特定し、肺のその部位が上になるように寝る向きを頭を下にして寝たり、右向きに寝たり左向きに寝たり工夫すると痰が出やすくなります。

 コロナでは炎症(肺炎)により肺の機能がダメージを受けますが、体位を変えることで機能が残っている部位をより使いやすくなるようにし、「どのような部位にどの程度の炎症があればどのような体位にするとより呼吸状態がよくなる」などのデータが蓄積されれば、患者さんにとっても医療現場にとっても大きな福音になりそうです。

言語聴覚士らしい

 私がいま勤めている訪問看護事務所に所属する言語聴覚士(ST)から訪問している高齢者の様子を聞いていました。

 その人は食物の嚥下(呑み込み)がうまくできるようにするために食事の様子を見ていると、いつも入れ歯をせずに食べようとしてしまうそうです。
 STの彼女は入れ歯なしにもぐもぐと噛む動作を
「亀がエサを食べてるみたい。」
と表現していました。
 なんだかその様子が想像できてしまいました。

 多くの人の食事での咀嚼動作を見てきたSTだからこそなのでしょうが、よくそんな気の利いたわかりやすい表現が思いつくなとちょっと笑ってしまいました。

特別養護老人ホームでの仕事⑦

続き
<施設Bの場合>
 施設Bの常勤の機能訓練指導員は、前回の施設Aの前任のマッサージ師と同様視覚に障害(弱視)のあるかたでした。全盲ではありませんが、書類の作成は手書きでもパソコンを使用しても困難だそうで、やはり施設Aと同様、機能訓練計画書の作成も利用者のご家族から同意をもらうための説明もすべてケアマネジャーがおこなっているそうです。
 書類関係をいっさい事務担当者に任せることができるため、機能訓練指導員はすべての時間を高齢者と接することに当てることができ、これで問題なく「個別機能訓練加算1」を算定している、とのことでした。

 前回掲載の施設Aのやりかた、そして上記の施設Bのやりかたを参考にして、勤め先の老人ホームでも同様の取り組みをおこなおうと話し合いの機会を持ちました。
 前に表に○をつけてもらう提案がうまくいかなかったことから、この2回目の話し合いは医務・介護の上席の人まで参加してもらっておこないましたが、他部署の理解は得られませんでした。
 さらにもう1度、医務・介護の担当者に加え事務担当者にも入ってもらって3回目の話し合いを持ちましたが、
それはPTの仕事でしょ。」
「手を抜いている。手を抜こうとしている。」
と言われ、日々の生活の中で行われる生活リハビリと言えどもリハビリを介護職員がおこなうことができないようで、
「自分たちは忙しくて手が回らないから、やりたいなら(月1回業務時間後に持たれる)介護職員の全体集会の場で説明するように」
と言う結論になってしまいました。
 そのようにしているうちに私の入職3年目の秋に、2度目となる行政による実地指導(監査)の日がやってきました。
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