リハビリの世界の話を患者さんやそのご家族、またこれからリハビリに興味を持ちたいかたなど、リハビリの専門家ではないかたにも読んでいただけるようわかりやすいことばでブログにしてみました。趣味の話も少々。                    (旧タイトル・理学療法士板東蓮三郎の視点論点)

カレー

 現役時代に三冠王を取り、指導者としても南海・ヤクルト・阪神・楽天で輝かしい成績を残したプロ野球の野村克也さんは、貧しい子供時代を過ごされ、高校を卒業して飛び込んだプロ野球でいろいろなカルチャーショックを受けられたようです。
 合宿所で初めてカレーライスを食べた野村さんはそのおいしさに驚き、「好きなだけ食べていい。」と言われて何杯もおかわりした、というエピソードをテレビで披露されたことがありました。

 カレーは刺激の強い食べ物なので、あまり食べ過ぎると胃の負担になる可能性もあり、カレーが好きだからと1日3食カレーを食べていたかたが胃がんになってしまった、という話も聞いたことがありますが、その一方でカレーには認知症を予防する成分が含まれており、カレーをたくさん食べるインドは認知症になる人が少ないというデータがあるそうです。

 先日テレビで外国からの留学生(たぶんアフリカのかただっただろうと思います)が帰国するにあたり、日本ですっかり好きになってしまったCoCo壱番屋のカレーを母国に持ち帰ろうと、CoCo壱番屋の店頭でレトルト版を50個購入しようとしたところ、そのお店には20個しか在庫がなく、仕方なくそのありったけの20個を購入している様子が流されていました。
 ハワイ・ホノルルにはCoCo壱番屋のお店がありましたが、彼の国にはきっとないのでしょうね。彼みたいな人に日本のカレーをもっと広めてもらいたい。外国からネット販売でCoCo壱番屋のレトルトが買えるといいのに。
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パーマ屋こぼれ話

 最近も歌手の細川たかしさんがテレビで活躍されて♪私バカよね~♪と「心残り」を歌われています。

 私の母は美容師でパーマ屋をやっていました。私が小学校の低学年の頃は、横浜商業高校(Y校)からのインターン生もいてけっこうにぎやかでした。
 近所にMさんというハイソな感じのお宅があってMさんのおばさんもうちのお客様だったのですが、このおばさんがご病気で亡くなられ、ほどなくしてMさんのおじさんが再婚して後妻のM2さんがやって来ました。
 このM2さんもうちの美容院のお客様となってくださったのですが、ハイソな感じのお宅の後妻さんがどんな感じの人なのか母もスタッフも興味津々です。
 そんなM2さんがドライヤーに入ったときのことです。
 当時うちのお店にあったドライヤーはいわゆる「おかま」と言われた古いタイプのものです。
 中に入りスイッチを入れてモーターが回り始めると、モーターの音と出てくる熱風とで回りの音が聞こえなくなります。
 回りの音が聞こえないので自分が発する声も外に聞こえないだろうと、置いてある週刊誌の記事を声を出して読むお客さんがときどきいます。M2さんは歌い出してしまいました。曲はよりによってあの♪私バカよね~♪でした。
 あまりのおかしさに店のスタッフは物陰に飛び込んで笑い、他のお客さんの頭をやっていた母はその場で笑うわけにもいかず、唇を噛んで懸命に笑いをこらえたそうです。

 これが私の小学校時代の出来事なので、細川たかしさんは息の長い歌い手さんだなあ、と感慨にふけっています。

エスカレーターの右側に立てる世の中へ

 今までにもここで何回か「エスカレーターの片側空け」についての意見を述べてきました。

 最近呼んだ新聞の記事で、東京都理学療法士会がオリンピックが開催される2020年を達成目標に「エスカレーターの片側空けの習慣をやめよう」という運動を始めるそうです。

 患者さんのリハビリをやっていてエスカレーターや動く歩道の手すりのベルトをどうしても右手で持たなければならない障害がある人たちがいることを私たちは知っています。
 このような問題提起をするのに理学療法士の団体ほど適任なところはないと思います。
 せっかちな日本人にとってせっかく定着したエスカレーターを歩く習慣を手放すのは抵抗がある人も多くいるに違いありません。私も通勤時はエスカレーターを歩いてしまっています。
 上り用下り用がそれぞれ複数あるときは1台だけ歩行可とし残りは歩行不可とする。上り用下り用が各1台しかないときは全面歩行不可とする。などの方法があると思います。
 (上り用下り用が各1台しかないときは、エスカレーターは2台とも上り用にして1台を歩行不可にし、下りは階段を使えばいい、という人が必ず出てきますが、下りエスカレーターで右手すりベルトが必要な人がいるので適切ではありません。)

 この活動の趣旨が世間に広く正しく認知されて、右(大阪では左)に立ちたい人がつらい思いをしないで生活できるようになってほしいと願います。

スナック菓子

 明治製菓のスナック菓子「カール」が東日本での販売を終了するというニュースが駆けめぐり、今のうちに食べておこうと買いに行く人が増え、あちこちで売り切れになっているそうです。

 私はリハ科の学生時代リハビリ助手として2つの病院に1年ずつ勤めました。2つ目に勤めた病院で出会った高田さん(仮名)は、当時、今の私よりずっと若い40代の若いきれいな女性の脳卒中片麻痺の患者さんでした。
 以前、尖足(せんそく)にならないよう足先を上に反らし下腿三頭筋(ふくらはぎ)をストレッチする通称「お立ち台」に立っているときに私がふざけて「壁ドン」をしたら(そのころは「壁ドン」ということばはなかった)真っ赤になってしまった患者さんの話を書きましたが(2014年12年25日付け「壁ドン」)、その患者さんです。

 高田さんは、ご主人が仕事で家を長くあけることが多く、そのさみしさを紛らわすためにいわゆる「キッチンドリンカー」になってしまったようです。台所でスナック菓子をポリポリとつまみながら、お酒に浸る生活になってしまっていたのです。
 その生活が昂じて身体を壊し、脳卒中になってしまいました。

 彼女がリハビリに来院されているとき、他の高齢の患者さんが連れてきた小さなお孫さんが、椅子に座っておばあちゃんのリハビリが終わるのを待っているあいだ、スナック菓子の袋を片手に持っているのを見て、
「子供はスナック菓子が好きねえ。あんまりスナック菓子ばかり食べるとおばさんみたいになっちゃうわよ。」
と話されていました。ご自身の病気の原因がお酒だけではなく、塩分の多いスナック菓子にもあると考えておられるようです。
 私も好きなスナック菓子がありますが、スナック菓子、と聞くと高田さんの事が思い出され、食べ過ぎないようにしないとなあと思い起こしています。

昭和が終わった瞬間

 来年の末に「平成」が終わることが本決まりになってきました。今回は今上天皇陛下の退位によるもので、予定されておこなわれることで改元もスムーズにおこなわれるよう準備されるようです。

 私は昭和が終わった「瞬間」のことをよく覚えており、もうあれから30年近く経ったのかと感じます。
 昭和の天皇陛下のご容体がお悪いことは、当時連日報道されていました。
 私が理学療法士の養成校の学生で、リハビリ助手として東京都内の病院に勤務していた昭和64年の1月7日、天皇陛下が崩御された第一報を私は通勤途上の東急東横線の車内で、イヤホーンで聞いたいたラジオのニュースで知りました。ちょうど電車が代官山の駅を出て次の終点渋谷に向かって走り出したあたりで、すぐに当時車窓から見えた日赤医療センターを見てみると、ポールに掲げられた日の丸がもう半旗になっていました。
 渋谷駅に到着し、乗り換えのために歩き出すと、東急百貨店の店の前の掲示ももう服喪仕様になっていました。
 陛下の治療にあたっていた日赤はともかく、東急百貨店までも陛下崩御の知らせは伝わっていたようで、彼らはわれわれ一般国民がラジオの速報で知るよりも早く情報が得られるようになっているのだなあと、不思議な感じがしたのが忘れられません。

ざこば師匠と血栓融解療法

 上方落語の桂ざこば師匠が脳梗塞になられたという報道がありました。
 大阪市営地下鉄に乗って、もうすぐ上演される松竹座の舞台の稽古場に向かっている最中に異変が起き、それでも何とか壁をはって歩いて稽古場にたどり着いたところ、異常に気づいたお弟子さんたちが救急要請をし、病院に運ばれたそうです。
 発症後2時間以内に治療を開始したために血管を詰まらせていた血栓を溶かすことができ、重い後遺症は幸い残らずに済みそうだという主治医の話も報道されており何よりでした。

 発症後早期に血栓を溶かして重篤な後遺症を残さないようにする治療法(血栓融解療法)が出てきたのはそれほど古いことではありません。
 私が今までにリハビリを担当させていただいた患者さんの中にも何人か印象に残っている人がいます。
 リハビリ助手時代に初めて一人で担当させていただいた女性の脳卒中の患者さんは、体調の異変に気づいて歩いて病院に来院したのに、入院後に片麻痺らしい症状ができあがって歩けなくなり、リハビリが始まったかたでした。
 理学療法士の有資格者になって最初に担当した男性は、会社に向かうために歩いていてかばんを持つ手がゆるんでかばんがぽとりと路上に落ちてしまいました。おかしいなあと思ってかばんを持ち直し歩き始めると再び同じことが起き、異変が起きていると気づきました。このかたも病院に来て入院をしてから麻痺が進み、片麻痺患者さんらしくなってしまいました。

 あの人たちも今の時代に発症し、また異変に気づいてあげられる回りの人たちがいて、すぐに適切な病院で治療を受けられれば、重い麻痺にはならなかったんだろうなと思います。
 血栓融解療法の恩恵に浴することができる今の患者さんは幸せです。

靴の大切さ

 前回、私がいま「腓骨筋腱炎」で悩まされていることを記しました。

 昨日ちょうど見たNHKの「チョイス@病気になったとき」という番組では、「外反母趾」と「足底腱膜炎(足底筋膜炎)」が取り上げられ、その治療として「足の外科」に詳しい戸塚共立リハビリテーション病院整形外科の内田俊彦先生が靴に着目した話をされていました。
 ふだんゆったりとした靴を履いていると足のアーチに大きな負担をかけることになり、外反母趾や足底腱膜炎を起こしやすくなるので、自然な足のアーチを保ちやすくなるようなきっちりとした靴を履くことを勧めていました。

 この説明を聞いていて、これはいま私が悩んでいる「腓骨筋腱炎」と全く同じであることに気づきました。
 私は足背(足の甲)が狭くて靴の中がよく当たるものを履くとその部分が擦れてすぐ痛くなってしまうので、それが嫌で大きめのサイズの靴を選び、横幅も3Eのようなゆったりしたものを選んでいました。こうすれば足背は当たらず、靴の脱着も楽で気に入っていたのです。
 「腓骨筋腱炎」の原因は「足の使い過ぎ」ということですが、この靴のゆるい状態が足のアーチを余分に働かせ、足首を支える筋肉に長い間余計な仕事をさせてしまっていたようです。

 早速今日の朝から履くのを避けていたきっちりした靴を履いて出かけてみました。
 まだ1日だけですが、階段を降りる際も、まだ気を付けてはいますが足に安心感がある感じがして、前日までとはまるで違うスムーズさです。

 こんなことに気づかなくなっている困った理学療法士です。

腓骨筋腱炎

 以前私が変形性肘関節症やTFCC損傷になったことをここに記しました。
 理学療法士でありながら、私はこのような疾患があることを知りませんでした。

 最近私は新たに「腓骨筋腱炎」に悩まされています。
 右足の外果(外くるぶし)の後ろに痛くなる部位があり「腓骨筋腱炎」であることはすぐにわかったのですが、なってみて初めてわかったことがいくつもありました。

 平らな所を歩いているときも段差を昇るときも症状がでることはありませんが、階段など段差を下るときだけは気を抜いて無造作に右足をおろすと激痛が出てしまうことがあり、手すりにつかまったり意識して少しゆっくり右足をおろさなければなりません。
 主たる原因は足の使い過ぎで、そんなことを言われても今のところ左足は痛くないし、歩くのをやめるわけにもいかないし困ってしまいます。
 整形外科に行っても、患部に注射をしたり足底板を作る場合もあるようですが、これといって治療法があるわけではなく、患部を安静にしてあげてください、と言われて湿布と鎮痛剤が出るくらいのことが多いようです。
 現在は湿布を貼り市販のサポーターでそれを押さえ、意識して注意しながら階段や段差を下る毎日です。
 痛い思いをして学ばされています。知らないままだと患者さんが痛みを訴えていても本当にはわかってあげていなかったということにまた気付かされ、反省しなければならないと思いました。
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